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PINE TREE TRANSLATION

Diary

 

Every moment is mine and yours2019.08.24

昨日はeichi ひろちゃんに声をかけてもらって、farmoonに伺うことができました。10人での会食。ひろちゃん以外は初対面、なんとなくも知らない人。珍しい状況で緊張したけども、だからこそ見える共通点や、今までとはまた違った広がりがあって、場所の雰囲気も手伝って終始ワンダーランドでした。「10人で」話す場面も多かったのも良かったな。
(私はおネム星に帰らねばならなかったので、先に出たのが悔やまれるけど、もうそういう星の下に生まれたのだから仕方がない)

今日は朝から星ヶ丘。いつもの面々と初めましての方たちと。いつも賑やかで救われるナァ。結局ESSの日しか来れてないけど、いい場所。

車を走らせて高校時代の友人と。FIELD NOTEは25周年らしいけど、初めて伺った。あんな家に住みたいよ…
1年ぶりぐらいに会ったら、お互い近しい人(彼女は父親なのでもっとだけど)を亡くしていて、でも同時に希望になっている甥っ子たちの話も聞いて、命の呆気なさやら尊さやら。「その人と過ごすその瞬間」がどれほど尊いか。って思ってても忘れちゃうし、仕方ないんだけど。写真に撮れた瞬間も撮ってない瞬間も同じぐらい大切。いつものESSはいちいち写真におさめて報告もしないし、今日のこの友人との場面も撮ってない。

SNSも良い、it’s a part of me。でもやっぱり「本当のわたし」は生身の whole わたし だと思うんだよ

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Connecting Dots2019.08.09

Go to a place to a place, and meet people who I’ve known for several years or for a few months, or who I meet for the first time.

Sometimes I meet those people at the same time, at the same place,
where I see dots have become lines and see them crossing.

先週の土曜日、空櫁さんに「遥遥」の展示を見に。
7年ぐらい前に出会ったユーコさん、小鳩さん、
4年ぐらい前に出会ったハマダさん、森さん
に会いに、数ヶ月前に初めて会ったのまさんと。
空櫁へ初めて行ったのはいつだったかしら、
でもユーコさんたちと出会うきっかけになった
table at beyer のフライヤーを手に取ったのは空櫁さんなので
みんなより前に五井さんと出会ったのか。
その席でまた、それぞれ別の時期に出会ったゆりさん、ななこさん、中野さんと会う。

このあいだの水曜は、
1年半ぐらい前に出会ったたまちゃんとレッスンをして
4年ぐらい前に初めて行った toiroに行ってまささんと会い
たぶんもう少し前に出会ったツダさんと大柳さんの展示を見て
先週出会ったRBFM+のお二人のお店に初めて行って
4年ぐらい前に出会ったまりさんとごはんを食べた。

出会ってからそれぞれの間隔で再会を繰り返して
繋いできた線があって、
その日の「点」を打った、なあ〜
そういう感じで日々、そういう感じでこの日まで
来たのやなあとしみじみ愛おしく思ったのでした。

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こないだ無性にまた見たくなって「MAD MAX Fury Road」を見てから
「Reveant」「Batman Begins」「Inception」。
Inceptionは珍しく何度か繰り返し見ている映画。
入り組んだ構造とエレガンスさと物語が回収されていく感じがいいのかな。
「チーム映画」が好き、というのもあるし、キャストも好き。
それからクリストファー・ノーラン監督の映画はほぼほぼ観ている。
Batman Beginsでなぜか初めてクリスチャン・ベールとジョン・ファヴローが同じ話し方(口の構造?)だなあと気づきました。

Being picky or being honest2019.08.06

違和感を覚えたら急ブレーキ。
いつもと同じ道に入ってしまった感。

One of my friends told me
“You know what, Yuki. When you feel someone likes you, it creeps you out, doesn’t it?”

そうね。It’s not every time, but しかたない…
何て言うのでしょう、they’re showing it in a wrong way?
「うええ」…と思ったらすぐ閉まるドア…
一度閉まりかけたドアを開くのは難儀です。
その「なんかちがう」ほんまに合ってんの?とも思うけど
I’ll just keep being honest to my own instinct. 弱ったな

お仕事は順調です more than ever!

What is happening2019.07.21

わたしは somewhere between English and Japanese なんですが、それ以外にも between でいたい傾向があります。あんまりextremeになりすぎると、いけない。けど。

そうだったらいいのになぁ、って思ってたことが目の前に起こっているかもしれない。
え、うそやん、これ来た、てやつ?ってとりあえずなっているところ、まだ、Let’s see how it goes 的な段階ですが、ドキドキするわ。
「思考の実現化が加速しています」ということばは、ちょこちょこ聞くようになってて、きっとspiritual嫌いの人からは疑いの眼差しを受けてしまいそうやし、わたしもまあまあ慎重派なのですが、いやほんとにあれやこれや実感としてあってですね。
(関係ないけど、「そうだったらいいのにな」って I want it that way 歌っちゃうわ。)

こうなってくると、Let’s hope for the better と言うしかない。

選挙。今日は投票日。
今日の選挙の結果が、願った結果になるかどうかはわからないけど、今日願った結果がどこかで現れるということじゃろうなあと思うから、今は「変えるのは難しいなァ」と思いながらもやってることが、ふと「あ、これはあの時のあれか」と気づく日が来るような気がしています。だから、信じて、一歩でも。

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しかし先週からの喉の痛み(いつもの風邪のとはなんか違う)もどうにかして欲しいと願っているのですが、、、!!たのむわ…

It’s realized when you wish2019.07.07

Some people told me so, and I feel like it’s true as those things happen in my life pretty much often especially these days.  Yes, I’m being super serious.

思ったよりも早く、「みんな死ぬ」ということを身近に感じるようになりました。
死ぬというか、この形で会えるのはいつか終わる。
時々は、いま人として生きているのが不思議な感じがします。
しかもどういう形で、いつ死ぬか本当にわからない、と考えると「ヒエェ」と思います(苦しいのとか痛いのはほんとにやだ)。それでも何も考えておかないよりはマシに迎える方法が少し見えてきました。
願わくば元気なおばあちゃんになって、とは思うけど。本当に。

死ぬときのためのことを考えるのは、案外楽しい。
苦しみと悲しみ、もしくは見て見ぬ振りしかなかったところに明るさを見つけるというか、「あ〜ホコリ溜まってるなぁ」「あそこ開けたらきったなそうやな」というところを開けてみたら、最初こそ「ぎゃー」となることもあるかもしれないけど、掃除始めてみたら意外とキレイになるやん…!最高…!気持ちいい!っていうのに似ています。
きれいにできそうやから、もうちょっと待ってほしい。

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先日訪れた森美術館での塩田千春さんの展示にて。
「あ〜SNSどうしよっかな、でもとりあえずこれは挙げとこ」と思ってpostしたら、Instagramでフォローしあってるだけだけど、いつか会えたらいいなと思ってた人から「すごくいいと思ったから、repostしていいですか?」ってダイレクトメールが来てびっくりした。会うことにはまだなってないけど。

最近映画を観ているときに、字幕が出る(日本語)→俳優さんが喋る(英語)の間に何ていうかを時々予想してることに気づきました。こういうのも、英語を喋るときのトレーニングになってるのかしら、と思ったり。

スパイダーマンFFH、ダークフェニックスを映画館で見て、NetflixはStranger Thingsを毎日一話みる愉しみ。一気見した人がTwitterでやんわりネタバレしてるのを見たので、SNSの扉が自動的にしばらく閉まりそうです。いろんなきっかけがあるものです。

Where does the spirit belong?2019.07.01

As I couldn’t find a time slot for going to Mori Art Museum but at night, I couldn’t decide if I go or not until I read the concept again. It was about the meaning of living, about the soul, which I’ve been thinking more after my aunt’s death. The artist had gone through cancer treatments and gave birth to her child, which also pushed me to see the exhibition.

When I saw my aunts’ face at the ceremony, it’s cliché but I felt that she was not here anymore, gone somewhere. I don’t like to do that because it makes me realize the fact.

I’ve heard about her condition going worse and her daughter and my mom went through so many things for these 3-4 months, and I’m thinking about how I live and die more than before with reality. What I can conclude so far is that it’s not that bad to die with the disease only if we know what treatment to choose and what decisions to take.

From the book I read at a book cafe in Tokyo, I learned that we need to die (or live) as a human with dignity and it is likely possible if there are someone or something the person spiritually relies on. (I can’t put it well as I’m still processing it).

I might want to talk openly about death because it would lead to a better life. Whichever way I will take, I don’t want to live like dealing with my life day by day, don’t want a life in a rut, which is more difficult than I think. Days pass before we notice. We tend to take living every day for granted. But even if so sometimes, I’d try remembering how it is precious to live, eat and laugh, and cherish every relationship with people around me.

What I can do to live and end my life well?

あとrelationship with SNSs も再考したいねん

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高校の友人(各6年ぶり、1年ぶり)と。好きや〜と思ったからお店の人に「また来ますー」言うたけど、もっとちゃんと話せばよかった。あと、(ここじゃないけど)自分が気になって行った場所に友人や家族と一緒に行く時の振る舞いをもうちょっとちゃんとしよう…

Air Vent2019.06.16

Kitで開かれていた坂野友紀さんの展示販売会が気になっていた。坂野さんの作品は少しだけ空櫁でみたことがあって、春頃「英語のやりとりでヘルプがいるかも」と五井さんから紹介してもらって、いつかもうちょっと作品見られたらなあと思っていたのでした。
でも何やかんやで「ついでに」いくことはできなくて、美しいけどな〜、またの機会かな〜となっていたけど、なぜか今朝方「や、やっぱり行くか」と。

時間的にお昼は適当に歩きながら食べるか、という感じだったのですが、そういえばMEMEME。最近新しいサンドイッチ始めたとか書いてはったな〜… 顔を覚えてもらうほども行ってないし、ま、サクッと行くかと。渋谷でお店をされていた時も一度行ったことがあって、お店はもちろん真面目とユーモアのかけ合わさった文章も姿勢も好きで、オレゴンや歩粉さんという共通項もやんわりあるのですが、何か緊張しちゃって話はあんまりしたことがない。
が、今日は「どっかで知ってもらってこのサンドイッチ…?」と尋ねられた。不意を突かれて恥ずかしながら正直に「インスタで書いてはったの見て気になって、、」と答える。
帰りがけにも少し感想など話して、今までは「ごちそうさまでした」「ありがとうございます」ぐらいの感じだったのが、ゆるんだ。
大した話でもないけど、「あーよかったー」と思ったのでした。今までは「やっぱちょっと緊張すんな〜」と思ってたけど、「あ、ゆるい、これでいいんじゃん、また来よう〜」という気分。これでプスっとair ventができて、Kitさんでも「せっかく来たのやし、、!」と力むことなく愛でて、足取り軽く帰路につきました。

As my aunt’s condition is not so good, we’re continually forced to think about life and death. Regardless of being ill or not, one should live the moment fully without any pain or suffering or struggling. Because it will be the last moment of your life. Those sufferings might be necessary for future happiness, but I’d rather think present happiness leads to future happiness. Fear, anxiousness or suffering will be needed only to spice up a bit your life.

It’s been windy and strange weather for this season (feels like we’ve been saying so for quite a long time), and it makes me a bit anxious, but kind of nice as well. Oh, yes, here’s a quote from David Letterman’s talk show with Ellen DeGeneres: “… Our intention creates reality. Our thoughts are energy.” It happens when it happens, but as I feel what I hoped is given in some ways, I must be conscious about what I hope for.

Una bella settimana2019.06.03

ひと言で表すと、ほんとuna bella settimana。初夏のイタリアを味わう、大学からの友人に会う、という目的をしっかり達成したフィレンツェ 滞在になりました。

翻訳や、メールでのレッスンはアメリカでの滞在でも続けてたけど、アメリカの1ヶ月とは違って今回は1週間。朝街へ出るのを遅めに、夜帰宅するのを早めに(元々夜はあんまり出歩かないし)、詰め込み過ぎない予定でうまくバランスを取れたように思います。SNS見たり挙げたりする時間が自動的になくなりました。

改善点は、AirBnBのwifiの環境がやや悪かったこと、日本でAPNの削除し忘れてSIMカード全然使えなかったことかな…(いつもアメリカ行くときに使ってるやつはSIM差し替えるだけでよかったんだよ)
次はもうちょい南のエリアに泊まりたいな〜

毎日2万歩以上歩いて、なんとなく土地勘もわかってきたし、また訪れたいお店、次に行きたい場所もあるので、何なら毎年この時期はフィレンツェです、にしたい。石畳は決して歩きやすい道路ではないけど、路地に昔からの建物がずっと並んでいく街並みはいくらでも歩けた(逆にボローニャはちょっと道が広いのと、気になる場所同士の距離が離れていて疲れた)。

あと大きな収穫としては、フィレンツェと日本での英語の立ち位置がまあまあ同じで(当然のような顔をして端から英語でいくより、イタリア語を少しでも話すことの好感度。)、私の語学力がイタリア語<英語なのも何だか色々と勉強になったこと。
基礎は一応やったし、挨拶とかならパッと言えて、言われてることの3〜5割なら分かります…というレベルの外国語に対する感覚がよくわかったので、英語のレベルがそれぐらいの方の気持ちにもう少し寄り添える気がします。
でも改めて、イタリア語も好きやなと思うし、またぼちぼち続けたい!

藍のおかげで、観光客よりは一歩踏み込んで、またフィレンツェ在住の日本人としての立場から見られたのもよかった。フィレンツェで住みたいと思ってから数えると10年、積み上げてきた愛を感じました。わたしは今回が3度目とは言え、1度目は日帰り、2度目も2泊ぐらいだったから、あれフィレンツェこんないいとこやったっけ!な印象ですほんとに。もっと物乞いの人とかスリとかお店の人の態度とか怖かった気がする(のはローマとかミラノか)。クリーン(清潔)かと言われるとそうではないけど(特に犬の糞尿か)。イタリア語が好まれるけど、英語も通じるのと、耳にすることが多いのも良いし。

ちょっと逸れますが、インド系アメリカ人と思しきの女の子が友達と「こないだ日本行ったんだけど「ナマステ」とか言われたしぃ」と言うているのを道端で耳に挟んで「ごめん、、」ってなったり、ボローニャで物乞いの人に「ニーハオ」っていわれたりまあ、なかなかね…
まあまあ、そんながっつりじゃないけど、宿で他の国のゲストや家主の人と交流があったのもよかったよ。しかしお店で相席になった人やらともう少し話せてもよかったな…自分だけじゃなくてお互いのシャイネスだとは思いますが。

しばらくは行く先々でお土産と土産話をシェアしつつ、嚙みしめよう…
夜が遅い(夕ご飯7時とか早すぎるぞ!11時に帰ったら「え?もう帰るの?」ってなるよっていう藍の話 )それに朝も早い、っていうのはちょっとついていけないけど(ほんとにみんなそうなの??)。
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In memory of…2019.05.19

Firstly, I’m so grateful that I was able to celebrate my 33rd birthday. It was also Mother’s Day. It doubled my happy feeling, and I thought my mom would have a special feeling about it, which wasn’t true so much. Haha.

Recently, I’ve received many supports which encourage me to keep on doing whatever I feel like doing when I feel weak or less confident about what I’m doing. Stay true to myself and be happy every single day – it sounds like a matter of fact, but it is something that we tend to forget, so I’ll keep reminding of it more.

The birthday present Atsuko-San gave me was also one of those things that remind me of and encourage what is important to me. I’ll leave the English translation of the text which came with the gift.

“Matsu wa matsu rashiku / Natural pine beauty”(2004, by Katsuji Wakisaka)
The pine has its own beauty.
So does the bamboo.
The beauty of the pine cannot be found in bamboo.
It is the same with human beings.
Everyone is beautiful in their own way.
To live brilliantly is to live naturally and innocently by staying true to yourself, isn’t it?

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Honest talk2019.04.27

Recently I tend to feel tired of seeing SNS especially on those “cool” events or people “connected” or… I don’t know, anything vocal. Anything that calls people in, or is “expressing” something. It’s too loud. Of course, what I need to do is just stop looking at them. Easy (but you know, I can’t get out of that habit). And of course I think it’s a great thing that everyone is enjoying what they love.

It is obvious that I go out less than I used to. I’m less interested in art shows or events. Anyway, I don’t have to. I’d say it’s a good thing. Maybe it’s time to shove off things and see what I’m really interested in. It’s a chance to see how things go if I do only what I feel like doing: read, write, eat healthy, sleep well, see beautiful things (nature, art), run errands, cook sometimes, meet people and talk, go places where I feel like going, make money by teaching (supporting) and translating. It’s exactly what I’ve wanted as my life, and now I’m here, just don’t get numb, be open-hearted, think well, feel well.

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Nothing more, nothing less.

Adjustment2019.04.24

明日のレッスンの準備と、6月に向けた翻訳をチェックに回した後、冬物をクリーニングに出そうと出かけたけど、誕生日月の方が割引率が高かったのでそのまま持って帰る(あと1週間だし)。前から頭の片隅にあった「図書館のカードを作り直す」というタスクをこなす(「紛失」扱いで50円かかった)。図書館、随分棚がすっきりしたイメージ。随分いろんな本があるもんだなあと棚を一通り眺めていたら、あっという間に小一時間経っていました。村上春樹さんの物語はそこまで読んだことないけど、エッセイが好きです。落ち着く。

昨日敦子さんと話していて、そうだよなあと思ったことを今朝小沢健二もツイッターで言っていてもう一度そうだよなあと思いました。「やり方」は1億通り以上あるのに、人は「正しい1つ」を求めてしまう、というような。語学学習にかかわらず、「根幹」「あらゆるものに通づる何か」「あらゆるものを解決する何か」に惹かれる。まだまだうまく言えないけど「各々のことをちゃんとする」が結局それに通じるのかな(自戒)。まあ、何かヒントのようなものを得て、それを自分の身体感覚にする、ことの繰り返し。

とはいえ、わたしの中で「E(えいご)S(しゃべれ)S(そう)という気持ち」ということはやや「万人の根っこに効く感」がある。そういう根っこと子葉を行ったり来たりし続けるのか。

先日勝手にフォローしているMEMEME晴さんの投稿がなかなかに芯に響いたので抜粋して残しておきます。これは、4年前に美保さんから言われた「やらずに居られないことをやればいい」と同じ響き方。curiosityに従って、動く。

『昨日、オークランド在住のアーティストの方が店に来てくれたんですが、彼女の様子をみていると本当にアーティストなんだなと妙に納得したと共に学びもありました。勝手にシェアしたいと思います。

僕は日頃から僕ら一人ひとりがアーティスト的存在になれる資質を内在していると考えています。

このポテンシャルを開花させる方法を考えることが目下の関心の1つです。

そして昨日彼女を見ていて気づいたこと、それは多動だということ。

実際に動き回るだけではなく、何かを発したり、調べたり、書いたり、とにかく止まらない。

まさに子供のように。

僕たちは、落ち着いていることや冷静でいることが、大人としての振る舞いの手本のように教わってきたせいか、自信のなさを落ち着きでカバーしたり、気持ちのなさを知識で補ったりしてしまう。

でも本当は落ち着きなく多動になってしまう対象こそが自分の才能であり、その存在を他とは違う特別な存在にしてくれる。

だからスカしている場合ではない。
常識という架空の恐れをはらいのけて素直になる以外に新しい自分も、新しい時代も訪れない。

豊かさとは多動。』

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By the way, my mom came back to our home. More people and a lot of things (again), but it feels stable and mentally healthy. The life living with family brings my less-selfish mind back. This year, we share my birthday and mother’s day. The happiest thing for both of us.

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注文した久嶋さんのジャムセット。うふふ

Why do we learn languages2019.04.15

外国語は「ダウンロード」して使えるようになる、という話が色々と問題提起してくれました(自分の中で)。

まず、「英語のレッスン」「翻訳」を仕事にする者として、それは「アリ」だと思う。あり得る気はとてもします。でもこの悲しい気持ちはなんだ、と考えました。

前にも書いたけど、「つまんないなあ」と思っちゃうんです、たぶん。

仮に、全ては私たちの意識が作り出していることだとして、anything is possible だとすると「外国語」もそれを「学ぶこと」「習得すること」もなくなる。そうなったらそれはそれでいいんだけど、この「ああ、英語ではこういう表現があるんだ」とか「そういう仕組みか!」と気づくこととか「心地の良い音」とか楽しみが奪われる気がして悲しいのかな。

「使えるように」なることを目的にしてないのかもしれない。それは、わりとどっちでもいいのかな。おまけというか、ついてきたものというか。もちろん、それでよりコミュニケーションが取れるからツールとしての役割もあるのですが。外国語を習得することが差し迫った状況でないところに住んでいるから言えるのだろうけど。

もちろん、私もうまく英語で話せなくて「全然ダメだなあ」と思うことはありますが、そこで「なにくそ」と思うのが一番の動機じゃないんです(どうも私はこの「なにくそ」精神が求められるのが嫌いです。I HATE it!)。例えば、エンジニアの人が機械を見て「へえ、こうなってるんだ」とか「美しいなあ」とか思うこと、自分でもその知識や技術を利用して何か作ったり、模倣してみたり、別の機械を見て仕組みがわかったり、仕組みがわかるから修理してあげたり、教えたりすることができる。でも、もっと美しく、もっと機能的にできる気もするなあ、と思いながらだったりする。そういうことをやってるのが楽しいから、「そんなのすっ飛ばしてダウンロードすればいいのに」と言われると「え!楽しい部分なくなるじゃない」と思って悲しい。つまらない。まあ、私を悲しませるためじゃなくて、英語の習得にウンウン唸っている人が多いから、しんどいことはやめたらいいんですよ、という「朗報!」なんだと思いますが。

わたしたちは、自分が「できない」と思ってるからできないことが多い。そこをちょっと崩して、想像力をはたらかせて英語に触れてもらうことは、「ダウンロード」できるようになることとそう遠くない気もする。昨日は星ヶ丘でのESSで、新谷さんのお孫さん(11歳、インド在住)が描いた英語の詩をみんなと読んだけど、皆さん「日本語にする」んじゃなくて想像できていてとってもよかったし、そういうことかな?むん。。。

しかし「想像できれば実現できる」とはうまく言ったもので…「できない」と思ってることって想像もうまくできないんだな。否定的な方向に簡単に攫われてしまったり。想像力を豊かにすること、美しい世界を思い描くことは、たくさんのいいことにつながってる気がします。

前に「いいな」と思った柴田元幸さんの言葉、探してきました。
「考えに考えて自分で補ってぴったりの訳語が湧いてくる(中略)それ語学を学ぶ一番いい学び方だと思う。辞書から覚えるのではなく文脈から悟る」(coyote vol.48)

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いちごと豆腐のティラミスが食べたくて〜

Thoughts at the end of the month2019.03.31

You can realize everything you can imagine.
いろんな人を介して何回か出会う言葉。
「思ったようにしかならない」という言い方をするとネガティブな感じもするけど、突き放しつつ希望もあって私は好きです。

最近しきりに周りで「自己肯定」「自信をもつこと」「自分を愛すること」の話を聞きます。そんな話いつの時代もあるんだろうけど。I’m basically a happy person, but I can be negative so easily, too. アメリカの映画を見ていると、鏡の自分に向かって “You’re great” などと話しかける場面をちょいちょい見かけますが、みんなどうやってるのかな。こんな具体的な方法じゃなく、それぞれに「あたし、良いわ!」と思うときがありそうですね。You can’t love someone unless you love yourself. やっぱり気づけば人の目を気にしてたり、遠慮してたりするのでこれもクセのようなものなんでしょうか。

英語の方が、ずどんとまっすぐ届く時がある気がするのはなぜでしょうね。日本語で同じようなことを言いたかったら、視点を変えるか、なんというか周りから攻めた方がずどんと来そうですね。

あと最近ちょっと芯に来てるのは、ハマダさんからの「ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ」。私はこないだ初めて見て、まだ理解が浅いのですが「片割れを探すんじゃなくって、自分で完全体」というところにたどり着きたい気持ちです、まだ片割れ探しがちだから。わたしは何回か「安定感がある」とか「満たされてる」というような形容をされたことがあって、ある意味最高の言葉だけど、余力がないとか入る余地がない感じなのかな〜と思わないでもない。割と「自分だけ」で居ることも大事なので、そう思われても仕方ないか…。そんなこと考えなくても、それぞれが自立して、高め合えるといいなと思います。だんだん男とか女とかなくなっていくのでしょうか。とはいえ、子は可愛いなあと思うので、産まへんのかなあと考えると切ない。自分が産んだ産まない言うてる時代ではないのも薄々わかるけど、わたしも生物だからな。いとも簡単に破壊されてしまう。無い物ねだりかな。早くその辺の概念を飛び越えていきたいな。

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17年ぶりに奈々ちゃんと会って、馬見丘陵公園散歩。いい時間やったな。

Renew your settings2019.03.22

I’ve been thinking about how I can work for people without doing what I feel wrong. I’m still on the journey, but through my regular lessons :
– motivate/inspire people who are learning from me
– make them feel happy, relieved and safe, not intimidated
– get them feel closer to English or learning languages

Overall, I don’t fit into a style motivating them by giving some opportunity to perform something. Of course, I would love to support them if they want to, but I don’t organize or plan it. I’m gonna say, “That’s not my department”.

This doesn’t mean I’m not going to be an exhibitor. It feels like there is a way that I can show something in my way, asking for the help of people around me or collaborating with them.

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“Queer Eye” on Netflix really cheers me up…  Many people around me are also so nice and always cheer me up when I meet them, but it makes me realize that the genuine energy of accepting, approving and making people move forward is such a great thing.

What a lazy person like me can do2019.03.17

When I see Instagram posts of people around me or just see people doing and truly enjoying something, I feel how I’m lazy, how I’m not making an effort.

I don’t have any motivation to make something or perform something in front of people, maybe because studying languages has been something I’ve done by myself and enjoyed by myself. Maybe that’s why I’m attracted to people who create amazing works and show them and move people’s heart, and I started to offer my skill to help those people.
Sometimes when some students suggest or invite me to do something together (ex. performing something as ESS or do role-playing conversation practice), my first mental reaction is “Oh..kay..”. I feel so bad about that and have been thinking about that.

But that doesn’t mean I have to try harder to be “creative” in that way… I guess. There have to be different things I can show or do, in a way I feel confident.

I don’t know if I’m being too stubborn to prevent myself to be a successful or better person, but I want to believe that we don’t have to do something we don’t feel like doing. Sometimes I don’t like people talking about the beauty of trying hard. Yeah, you can achieve something if you try hard. Of course. But it might lead you to somewhere you didn’t truly want to go.

Hmm. It feels like I’m talking negative things, but it’s okay. It is said that after Spring Equinox Day (wow, it sounds too unfamiliar in English), this stagnant or entangled air will clear up, so until then, this, is important.

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