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PINE TREE TRANSLATION

Diary

 

Feet on the ground2020.03.29

There’s nothing we can do in a snap, being completely passive, with no consciousness.

連日、新型感染症COVID-19(コロナ氏)に関する色々なニュース。目に見えない・得体の知れないもの、怖いですね。しかし怖い〜怖い〜と言いながら緩んで・任せて・委ねてしまっていなかったか…と、あらためてちょっとシャキッとしました。ある程度「こうしていたらある程度大丈夫」というのが示されているので、手洗い・消毒・顔を触らない・人との距離、恐れるだけじゃなく、ちゃんと意識的・能動的に気をつけることが大事、と教えてもらいました。情報への対し方も。あたまだけふわふわさせずに、しっかり地に足つけて考え・動きたいです。

And I think this applies to everything. 興味がある、こうなったらいいなというのがある、から一つ何かを進めてみる。意識的に行動する。I don’t mean anything big, I’m just talking about getting the consciousness back to yourself a little, and do something with being aware of doing it. 誰かと話すときも、心ここにあらずというか、適当に委ねてしまっている時よりも、コミットして話す、ちゃんとそこにexistして話す、委ねるとしても何に委ねるか判っている方が、ほんとうに言いたいことは伝わる気がします。

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先日、5月に予定している旅のうち、バンクーバー〜オレゴンの電車が早くも運休に。「返金は電話のみ受け付けます」とのことだったので、Amtrakのコールセンターに電話。感覚的な話をすると、走り慣れている人に全力疾走でついて行った感じでした(ゼーゼー)。かなりの速度だったと思うのですが、こっちも走って相手との速度差を縮めてる感じ…こっちが止まってたら絶対見えない文字も、合わせて走ったら見えるじゃないですか、そういう感想を持ちました。おもしろかった。走るトレーニングを始めたばっかりの人にはついていけない、ということも言えるけど、コミュニケーションに関して言えば「相手はスピードを落とすこともできる」というのも言っておきたい。なんのこっちゃ。

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先週タイミングよくありつけたしずかさんのランチ@鶴見印刷所。

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Now Reading:
じゃじゃ馬にさせといて by 松田青子さん
(初めて訪れた toi booksさんにて購入。通ってきた・いるカルチャーが似ている(スパイスガールズが青春であるとか)のと、ジェンダーについても何か照らしてくれているので。いまはInside Amy Schumerの再生リストを保存して隙があれば見ています)

Borders and Boundaries2020.03.22

今までは当たり前だと思われてきた色々な境界が、どんどん薄れている、not a big deal な感じがしてきてやいませんか。

わたしは一応シスジェンダー(生まれた時に割り当てられた性別と性自認が一致している人のこと)ですが、世の中gender orientationもsexual orientationも二者択一じゃないんだなあと思うことが増え。いや、だからと言って自分はヘテロセクシュアルじゃないかもと疑えと言っているのではなくて、女性的な男性とか男性的な女性とかもたくさんいることですし、個々に女性性・男性性の割合が違うし、「どっち」とかいう概念がもうblurringだな…とふと思ったりします。

「家族」という概念もそう。K先生の「親子って何ですか?」の質問に対して息子さんのMちゃんが「赤ちゃんが生まれたら かわいいかわいい こっちこっちゆーたり 大切に育ててぇ 大きくなったら 面白いことを一緒に探す仲間」と言ったという話を聞いて、ああ、と思ったのです。長い時間を共に過ごしてきた・ゆくからもちろん特別なのですが、「家族」ってのはあってないようなものなのかもしれません。「仲間」というのは良いですね。そう思うと合点がいく、腑に落ちる気がします。

世の中そんなものとっくにビュンと過ぎ去って、わたしも色々と旧来的な線引きに縛られているのかー などと思うと、まだまだ自由になれそうです。

人からも他の生き物からも、たくさん赦されてここにいました。ありがてえや。
It might be nice to be aware sometimes that a lot of forgiveness and acceptance are letting me be here.

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岩瀬さんの「呼」に対する久美子さんの「応」
言葉以外で感覚に向けて形にできるの、ほんとに素晴らしいね。
棺は切なかったけど美しかったです。舟、お見送り。

「問いかけ」の大事さを、最近いろんな方面から感じることが多いので、そんなこともまた書けたらと思います。

Notebook for Notes2020.03.16

I’ve just made a notebook for scribbling words and translation ideas. I’ve made those notebooks in the past, and failed, so I’m not quite sure about doing this, but we’ll see.

And I’ve just remembered I was furious when Hayashi-san asked me how would I translate our prime minister’s word, 「募っているという認識だった。募集しているという認識ではなかった」. I said “furious”, but not to him, but to I don’t know what. To lots of things, mainly to my brain, I’d say. Anyway, I wanted to figure it out, so here’s what I think of for now: “I was just welcoming joining us. I didn’t intend (or mean) to recruit anybody.” I know this needs to be revised, but that’s not what I want to do now, I just wanted to try, so.

翻訳やことばの筋トレノート作ったよ。

What am I going through???2020.03.15

This line from the movie “midsommar” has been echoing in my head. 色々落ち着いて、時間ができて、it’s a good time to think about my work, money, and life. 答えはない、と言うかeverything is the answer.

自分の自信のなさが根っこにあるな、ということも改めて。自分が「美しいな」と思うものが出せるように、ことばに出会っていく他ないというか、そうやって日々過ごせたら幸せだなと思います。というわけで「お」と思うものに出会うべく、本を読んだり、記事を読んだり、映画やテレビ番組を見る日々。しかし「へえ」と思った表現、いい加減一つのところにストックしとくべきかな…

Pay attention to the moments when you feel most alive and make most of them.

これもその辺の紙にメモしてあったのですが、どこからとってきたのか忘れました。あと、「鉄板メニュー」とか「間違いなしのなんたら」とかを surefire ~ ていうのも今日知りました(ユニクロのLifeWear magazine Issue 02にあった)。

もちろん自信を持ってできることもあって、それも一朝一夕にできるようになったことではないので…やっぱりそういうことだね。。

身の周りのことを通してそれに気付いている人が「英語やっぱりなかなか」とか「全然できない」と言うていると「おい」と思わないといえば嘘になるけど、わたしも似たようなことはいっぱいありますもの…(あご下の肉が取れない、肩こりが取れない、とか)。変化はゆっくり、しかし着実に訪れるものである、ということを皆がそれぞれの物事を通して気づくようにできている。

なのでレッスンでは、それぞれの人の語彙力とか方向性とかに合わせたステップを作れるのが大事、ということも何回でも言う。頑張ってる、頑張らなくては、と思わずに続けられるのがいいよね…(わたしがそうだから)。オンラインの英会話レッスンなるものをやってみようかと登録までしたけど、いざどの人と何を…と選ぼうとした時点で自分がどうしたいのか分からなくて、ストップしてます。初対面の人と一体何喋るんだ。っていうか、初対面の人と喋ることって大体決まってるし、面倒だなってなったんですよね〜。かといってじゃあ何が喋りたいんだ、っていう。頑張って会話広げるのってめんどくさいですしね。ははは。

あと、この「わたし何がしたいんや月間」で思い知ったのは、好きな人のとこや好きな場所に行くのはやっぱり好き、だし大事と言うことで。美しいもの美味しいもの。それを創る人。たまに嫉妬してしまうけど、それはやっぱりわたしが「やってない」だけで。Plus, 昨日cordのおかぴさんが言うてくれた言葉のおかげで「会ったらほっとする存在」でありたいのは the first thing on the listだなと思いました。

世界も共通の課題を与えられていて、どーなるtwenty-twenty。大変な台風があってから、計画運休が定着したように、今回もそうやって気づいて、変わっていくのかなと思います。Also, it feels like every wall between any labels in the world or in me is getting away. Well, I’ll talk about it in the next entry.

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At 昼kasi。「お!」と喜んで迎えてもらえるとやっぱり嬉しいよ。

What I learned from interpreting, and working for free2020.03.06

映画館で映画を見る楽しみを伝えるユニットCinemactifを主宰するペップさんからのご縁で、ハリウッド映画『KIN』の監督とのスカイプQ&Aの通訳をしました。

通訳ってのは、わかっていたけどかなりアスリートです、やっぱり。
日常会話ならまだしも、インタビューや会議などの内容が濃ゆいものを「瞬時に」日⇄英する(のを数時間続ける)のは、なんちゅうか、車のギアを終始入れ替えまくっているような、いや、むしろ仕組みの違う車を同時に運転しているような。。
ちゃんと聞いたら「あ、違った」ってとこもあるだろうし、(時間が押していたのもあるけど)端折り方がひどいところもちょいちょいあるので58点というところ…
要点をうまく掴んでアウトプットできたときは「波に乗れた」感じがするので、これをどれだけ高い割合で維持できるかが大事だな、と思いました。身体感が面白い。

翻訳やレッスンと違って普段やり慣れていない、しかも相手は長編デビュー作とはいえハリウッド映画の監督、そしてポッドキャストのリスナーの期待や批判を考えてのプレッシャーで、自分でも気づかぬうちに胃が荒れていました(豊中の展示直後、回復前に動き出したし)。
そうそうないチャンスだし、ワクワクしたけど、やるまでのストレスがな。。これも経験を積むことで少しは大丈夫になっていくんでしょうけど。怖がりなので、そういうステップアップは「気づかないうちに」ぐらいゆっくりな方がいいです。ESSの軸もそうですけど、動きが硬くなっちゃう力はない方がいいので…

あと、今回の件で仕事と報酬についても色々考えました。
<自分が惹かれるものを作る・ことをする人がいて、その人が英語で困っている。そこで私が(できる限り)役に立って、感謝されて、わたしもその一部になる>というのが成り立っていればいいといえばいいのだけど、じゃあ報酬としてのお金は一切いらんのかというと。食べたいものを食べられたり、行きたいところに行けたり、会いたい人に会って、本や映画や音楽や、好きなものを手に入れられたり楽しんだりできて、健康的な生活を送れていればいらない、んですよね…。でも、そのためには「お金」がいるのですよね。いや、お金じゃない方法もあるのでは、?というところでちょっと止まっています。

↑こういう形で自分を差し出せるために、お金という報酬を得るための regular jobを持つ人もいると思う。でも、そのregular jobが社会に加担していて、自分の人生の大半を占めていく、って考えたときに私の場合は腑に落ちなかった。私に英語を教わることや翻訳をしてもらうことに対して「お金」という形で感謝を示してくれる人がたくさん出てきた、という「腑に落ちる選択肢」が与えられた状況があったから、でもあります。お金はやっぱり感謝を表す方法なんじゃろうか。<感謝を表す方法のひとつ>という方がいいのかな。

ただ、こちらが値段を定めることに躊躇いがあって、どうにかできんかな〜と思っているのですが、その理由がちょっとクリアになりました…。<感謝>の大きさをこちらが決めてる気がするからかー。

見返りを求めない、ほんとのvolunteer jobの精神がかなり欠如しているような気分になる今日この頃。ま、volunteer jobはほんまにvoluntarilyに気が向くことだけでいいっか。

それはそうとて、喜んでもらえるように差し出せるものを磨いておかなければな、と改めて思うたのでした。

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惚けるために寄ったカフェにて。(ドリンクできたら呼ぶための)「お名前は?」と聞かれて「ゆきです」と言った時に自分がどれだけworn outしてるか悟りました。

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「チャーリーズ・エンジェル」は軽く観れて、楽しめた〜。男性はちょっとoffendedな気持ちになるんだろうか。クリステン・スチュワートかっこいいな。ノア・センティネオは喋るとマーク・ラファロそっくりだ。キャメロン・ディアスたちの前々作・前作から20年近いのか、というのは衝撃。

Thoughts on “working”2020.02.29

There’s something I noticed recently.

I want people to thank me or being thankful for what I did. More specifically, I want people to know what I’m doing is not that easy.

I’ve been working on a project for free, and sometimes I got sad or mad for the person who asked me to help. The reason was it felt like the person doesn’t feel grateful for what I’m doing for him/her; the way the person treated me was like as if he/she thinks I can translate or interpret as I breathe. NO, I CAN’T.

Sometimes I feel like people think using English is difficult for them but easy for me. NO, IT’S NOT. …Yea, maybe a little bit easier for me than for them. But why do you think is that? Because I’ve been working on it so long. And it still needs way more energy than using Japanese, you know.

It is in part my fault because I always say “I’m just doing what I can do”, which is completely true. And I think it is one of the happiest ways to live. But through that unpaid job, I realized I need at least trust for the person and respect for my work. How much the project is attractive to me or how I like the person also counts. All those things and money are balancing. I don’t turn down any project that doesn’t pay me real money, but I need to know that I can’t do a sloppy job for unpaid work or prioritize paid work.

In this case, I told the person how I felt bad for and hurt by his/her behavior and he/she apologized, so that’s that. Actually, I’m glad that I found out about what I think about working.

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空櫁さんで買った彩子さんの花器にやっとお花。竹田さんが束ねてくれたラナンキュラス。コンセント周りの汚さ。

ところで先日妹と映画「ミッドサマー」を観ました。目を覆いたくなるシーンもある(いや、多い)けど、変すぎてポカーンとしてしまった。スウェーデンの白夜祭は色や音楽が鮮やかで美しかったり、どんどん「祭りやー!」みたいな感じで、乾いた笑いが出そうな顔だったんじゃないかと思います。心が「何じゃこりゃー」と言っていた。アーティスト寄りなのか、何なのか、going through a bad breakup  の時に脚本書いてたらしいけど、それをあれに昇華する監督アリ・アスターとは。

When the party is over2020.02.24

Billie Eilishの歌のタイトルみたいですが、そんな感じです。祭りのあと。豊中市立市民ギャラリーでのactの展示が終わりました。気持ち的には今までのactの展示と変わらないつもりでしたが、やっぱりcommit度はそう言われれば高かったかな。「達成感」と言うよりは、できることはした、けど何か「もんやり」するとこがあるのは何だ。もうちょっと伝え方あったかな、というかそもそも、伝えたいことが定めきれてなかったかもしれません、個人的に(もんやり①)。「こんな人たちが関わってる」っていうのは見せられたのかな。来てくれた人たちも、そういう関わりがそこここにある、というところまでもうちょっと言えたらという気持ちがあったのかも。

見にきて欲しい、と思って色んな人を呼んだら結構きてくれてうれしかったけど、何で来てくれたんだろうな…(もんやり②)確かに「翻訳で関わった展示」というよりも今回のかたちは入り口がいっぱいあって興味を持ってもらいやすかったのかな。

人に話しながら、その場の説明としてはそれなりにちゃんとできるものの「あれ?actとは…」って自分でもなってました(もんやり③)。しかしこの「見に来て欲しい」はなんなのかというと、2014年から同じ形で関わってきたから、actというものに対する愛着のような。そうか、ここまで誰かと一緒に携わる、何かをつくる、みたいなのがないからか。ああ、今気づいたわ…

普段、チームのひとりというよりは主体は相手にあって、部分的に依頼してもらっていることが多いからなあ。「好き!すごい!みんな聞いて!」という思いはあるけど1対1だったり、会社対デザイナーさん(からの→わたし)だったりですものね。

常に一緒にやっているのではないから、メンバーのことも「この人たち好きなんです、みんなすごい」って言いやすい。何度か「あなたもすごいよ」って来てくれた人に言ってもらったけど、それを受け取るたびに「己の自信のなさ」を実感しました。自分の翻訳がダメだ、とは言わないけど(ちゃんと真面目にしてるし)。作ったものを「いいやん!」とか「好き」とか「すごい」とか言われないからか、って気づいて己の幼さに落ち込みました、嫉妬やん(もんやり④)。とはいえどこかに「うーん、これはもうちょっと訳し方あるよね」って言われそうな部分もあるだろうから、軽く流してもらって大丈夫です、とも思う。

あと今回、前から浩伺さんに「絵とことばで何かできたら」と言ってもらってて、<浩伺さんの絵にタイトルをつけてもらう>ができたのは、とてもよかった。それで「絵をみる」ことに気付いてもらえたら、という目的も、たくさんの人がその問いかけに答えてくれたことで、かたちになってうれしかったです。それで、敦子さんが「絵からの問いかけを翻訳してくれた」って落とし込んでくれたのはものすごくありがたかったな。わりと終始林さんがモヤッとしてそうだったので、どうしたら良かったんだ、と思うけど(もんやり⑤)。

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会期半ばごろのそれ。

会期中、toiroでのnmn books のまさんの展示に行って、ことばと色々なものが美しく示されていて、くやしいぐらいロマンチックだったのも、いい刺激でした。わたしはそこまで昇華できてないし、良くも悪くも雑多なので…
でものまさんと話していて、本への愛や、自分が紡ぐことば、英語のハッとすることばも大事にしようと思いました。。

もんやりしていたことを言葉にできてスッキリした…
Anyways, I guess I thought about those things this much because I committed deeper than ever. I love them all, members and people who came to see our exhibition. Loved the dinner we had last night.

How to find your teacher2020.02.14

英語を教える人も、教材も、山ほどありますが、学ぶのは自分だということから外れなければいいのかなと思います。

私自身いろいろと続かないのに一体どうやってここまで来たのかと思い返すと、わりと「断片」の連続だったりします。テキストでやってた時期もあれば、英会話習ってた時期もあれば、アプリやったり、Meet up系やったり、ドラマ、洋楽、映画、旅行、なにかでずっと繋がってきた感じです。

学生の頃は、好むと好まざるに関係なく英語も「やること」が与えられたし、興味があったから別に嫌じゃなかったけど、もちろん覚えきれないことも、間違えることも、頭がこんがらがることもありました(あります)。ま、それでもそこはちょっと置いといて学び続けてたらいいです。

一番いい方法を探すよりも、何でもいいから出来そうなことをやってみるのが良さそうです。「いい!」と思ったら続ければいいし、「なんか違う」と思ったらどうしたいのか考えればいいし。だから、英会話スクールでも誰かに習うでも、変えたり辞めたりするのはいいと思うんです。わたしもできるだけその人が「学びを続けられる形」を考えたいので、ポジティブな、主体的な選択ならわたしから習わなくてもいい、っていうのはいつも思ってる。

・一応ルールとして文法を知っておく
・コンスタントなインプットとアウトプット
(量は「続けられる程度」で)
をベースに、やり方はしばらく続けて微調整して。

あと、やっぱりESS(えいご・しゃべれ・そう)に戻ってくるのですが(手前味噌、ていうかニシワキ先生、、!!)、「聞けそう」「読めそう」「話せそう」って思えるのが一番大事です、ほんとに。(や、だからわたしはそう思ってもらえるように頑張らんとあかんのやけど。)うまく「ガイド」になってくれる先生がいいよな、と思った最近。双方向でやりとりがあるのが良かです。

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1年かけて準備をしてきた_act_の展示が始まりました、豊中市民ギャラリー。
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わたしの目に見える仕事は文字情報なので視覚に訴えないし、即興性もパフォーマンス性もない(できない)ので極めて地味で、それはそれで全くいいのだけど「easy job しかしてないように見えるんじゃ」とくだらない被害妄想に囚われる自分がいたりもしつつ(ほんとに自分のできることしかしてないから当然ちゃ当然)、だからわたしの何を見に、ではなくて、とにかく part of it であるこのかたまりを見てほしいという気持ちです。

会期が進む中や会期を終えて、振り返るのも楽しみ。

Have more fun to live2020.02.04

I feel like I’m figuring things out and I’ll be figuring things out through this month, or this year, or maybe for some years.

I’ve taken some distance from social media, sometimes I feel like I want to or need to post something, but part of me is saying “no” and the voice has been a bit bigger. There’s a fear that I won’t be getting new people who want to learn English or new translation work. Or people will remember me less. It’s not been the way I keep getting jobs to do, but as it’s a way to connect with people regardless of ages, jobs and countries, so I’m worried if I’m closing that path.

いま私が大切に思っている人たちは、実際に会って繋がってきた人たちなんだから、恐れることはない、と思うんだけど。「シェアしたい!」と思ったらシェアすればいいのだけど、ちょっといま時間配分が違うようで。今までみたいに、「やってみたらうまくいく」かもしれない、そう思ってしばらくこの距離感で行こうと思います。

先週末は半年ぶりの東京。日々の生活ももちろん決断の連続ですが、やっぱり旅先ではその側面が強く出ます。自分がどういうことを大事に思ってるのか、とか、どう時間を過ごしたら幸せなのか、とか体感度が高くなります。いつも好きな場所、いつもなら行かないけど気になる場所、両方行くと広がっていいです。貯まったマイルで行けるの、すごくいいのですが、環境問題に一番マイナスらしい手段で行くことになるのかーとちょっと考えものです。。

I’m going to remember what I felt most happy, imagine and visualize them in my life more, and create the path to that.

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東京都現代美術館のオノ・ヨーコの作品。すき。

Netflixでテイラー・スウィフトのドキュメンタリー。彼女がデビューした頃にはもう洋楽が好きだったので、最初のヒット曲を出した時の感じから覚えていて(「カントリーやけど若い、ジャケ写カントリーっぽくないな〜」とかそういう感想)big fan! というわけではないけど、ずっと横目で見てきた感じです。煌びやかで、ああセレブ〜と思う場面も多いけど、それも彼女が獲得してきたものというか、「待ってた」のではない、やっぱり「行動」する人だなあと。周りでサポートする人たちや共につくる人たちも、最初から用意されていたのではなくて、彼女の一歩一歩が引き寄せてきたんやなあというのを強く感じたのでした。かっこいいね。

Everything is fine2020.01.27

“Welcome to the good place! Everything is fine”
というのが、最近好きになったドラマ The Good Placeの一つのキーフレーズです。Everything is fine. なんともシンプルながら心強い。唱えたいね。ジョークやはちゃめちゃなことやしょーもないことの中に、お坊さんの説法みたいな要素があるドラマ、出会えて良かったなー

ここのところわくわく、とした雰囲気があるんだけども、I have no idea what’s so exciting about. But I mean, it’s a really happy thing that I’m looking forward to something every day.

星ヶ丘での書き初め、もうこれしか頭になかったので「正直」と狂ったように書いてたら「正直な人が書くとなんだかおそろしいね」と園長先生に笑われました。また何だか鋭いこと言われる。あんまりくそ真面目に正直になるんじゃないよ、というような気もしました。真面目、いいんだけど真面目オーラ消したい… 会ったら緩んでもらえる人になりたいです。

ともすると「真剣」に「ちゃんと」になりがち、なことに気づきながら「軽く」、気の向くことを「やる」のやー、と改めて。

もちろん「自分のペース」を大事にするのが一番なのですが、いろいろな方のペースを見ていると、たとえスタート地点が同じでも、やっぱり毎日何か少しずつでもやる人は伸びが、というか英語と get closer easily です。本人は(わたしもそうだけど)やっぱり「できない」「出ない」とこに意識がいくから、そこにはあまり留まらないようにしてあげられたらなと思う次第です。ESS(えいご・しゃべれ・そう)の気持ちで。

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Now go do something good.
(これも The Good Place から)

We’re in 2020!2020.01.13

It’s just a number なんですけどね。That being said, I feel that something is wrong with me. Part of me is telling me to change some old habits 年が明けて急に始まったことではないけど、普段なら目がいかないものに目が行ったり、ああ、何か変えたいねんなあ…と内側からモヤモヤしています。It’s not a bad thing. But I’m still figuring out what that’s about.

今までは、シンプルな、プレーンなの一択、あまり迷いもなかったけど、色や華が欲しい(それも「パステルやけどかっこよく」とかそういう感じ)…
あと、SNSも年明けからすごいしんどくなったので、投稿やめて見る時間も減らしてます。

I hear many people say, “Don’t think too much, just try now”. You try that, and figure it out. それが何かにもよるけど、やってみたいことのほとんどはやってみたらいいこと。やってみないと次の一歩の踏み出す方向がわからないので。多分大事なのは、「やったほうがよさそう」なことじゃなくて if your guts tell you to do soとかfollow your heart or inspiration とかそういうこと。「ま、いっか、やっちゃえ〜」ぐらいの軽い気持ちがいい後押しになりそうな。

今年、初詣のおみくじで人生初の「凶」をひきました。字面におののいたけど(凶の字ってなんであんなに怖いんだ)、「大事なこと言うからしっかり読めよ」と言うことかと。要約すると(わたしが受け取ったのは)「正直でいること」。Open your heart系のメッセージはここのところよく受け取っていたので、Don’t lie to myself, be honest to myself and everyone else. そんな感じでいけたらと思います。

以前一回見かけてハマらなかったThe Good Place、いまきてます。コメディやけど哲学的で、人生を、人間をちょっと客観的にみられて気付いたら深いところにいます。シーズン4で終わるようだし、1話20分、すばらしい。チディ・アナゴンエ(役名)がじわじわ。「パターソン」にも出てた役者さんのよう、「パターソン」ももっかい観たいな〜

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今年の元旦は初めて地元の天神さんに。おみくじを引いたのは翌日母と妹といった三輪さん。

Make it happen2019.12.31

年が明けるまでに「ニューイヤーズ・イブ」見たかったんやった!と昨日の夜思い出して見始めました。

そして今日、翻訳をきりのいいところまで終え、部屋の掃除をし、スウェットのまま買い物へ行き、母と煮しめ・雑煮などの準備。休憩しがてら見終えたわけですが、大晦日に「ニューイヤーズ・イブ」、ええですね。幸せ。新年への希望が抱けました…
ひとつ、心に残ったセリフを。レコード会社の社長(父)亡き後、息子がパーティーのスピーチで父親がよく言っていた引用を紹介します。

He would say, “What would you do today if you knew you would not fail?”
(「失敗しないと分かっていたら何がしたい?」)

続きは最後に。

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I’ve been saying almost the same thing, but it’s nothing but gratefulness for everyone in my life this year again. It’s not possible to change your life drastically, at once, but honestly, I’m really surprised to find out my life has become what I dreamed of at some point in my life. There were some bigger turning points, but even that happened because of the choice I’d been made before that. It doesn’t mean you need to be so careful about those choices, but you can change the course of your life at any moment.

劇的な変化や大きな決断は目立つけど、希望を捨てないこと、その瞬間にできる選択は、follow your heart ですること。

基本的にチキンハートなので、人間に生まれた生をone moment to another面白がって!ということをregularly remindしていきます。

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昨日は昨日とて、ああ、30日カナカナ納められるなあ、フェイジョン食べたいなあ…
妹が言うてたことを梅田さんに伝えられたらいいけど、お昼行くと「哭きナイト」とはずれるかもなあ…と思いながらも行ったら、まずあずまさんが気づいてくれて(私もいつも、あずまさんや!てなる)、植嶋さんに「松嶋さん来てはりますよ!」って伝えてくれて、植嶋さんが「梅ちゃんもうすぐ来るし」って引き止めてくれて、満席の中「哭きナイトテーブル」で待たせてくれて、先についていたもう一人のDJ近藤さんもとても優しくて、到着した梅田さんと3人でしばらくまったり哭きナイト時間、あたたかい年末のひとときでした。

そんな、瞬間瞬間をどんどん。

それでもなんだかうまくいかなくて、crankyになってしまうことも、もしかしたらものすごく落ち込むこともあるかもしれない(やだな)けど、それもone moment to another、わたしったらおもしろいpoint of viewしちゃって、人間らしさ楽しんじゃって〜〜、と受け流していきたいです…

あ、あと詩人からの恋愛指南が良かった(12/23のメール、フラグつけとこう)。まあ、心のどこかで分かっていることだけど、人に、特にゴウさんみたいな人に言われるとこう、ミットにバシィときますね。これも、すべての状況は自分が招いている、と言うことのひとつなんですよね(ためいき)。

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さてセリフの続き。

And then he’d say, “Now go out and do it”.
(「そしたらそれを今するんだよ」)

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近藤晃美さんの展示「NIJIKO」@Kousagisha Gallery。
プレシャスぅ、、

Slow it down2019.12.21

Finally, works seem to be a bit slowing down…

The last ESS at Hoshigaoka this year. This place really teaches me a lot of things.
I talked to 園長先生 about the exhibition of “act” in February. He said “Everyone looks very good. Better than in real life!” Cute. Also, he said the communication in English (or in any other language) is “all about resonance. And so is this [act]”. That moved me, felt like I was almost going down to my knees.

Also, I will be having a reading class with two ladies of Hoshigaoka. 「喋れるようになりたい、とかそういうのではないけど、「何か英語読んでる」みたいなことがしたい」「学生の時、英文を暗唱したのが楽しかった」という英語との望む関わり合いが、すごくうれしかったです。もちろん、手段として使えるように、コミュニケーションのよろこび、というのも最高なのだけど、ご本人は「ちゃんとできない、続かない、気乗りがしない」と言うておられたけど、プレッシャーのない、いい関係で英語と接しようとする感じが、最高じゃないかと思ったわけです。3ヶ月に1回ぐらいで、と言うペースもいい。楽しみ。

そして it’s the time of “The last ~ of 2019”. I have several places that I always make the last visit of that year at the end of every year. ESSのEも始まっていない頃から、エスケープ&アドベンチャーの場所だった月と六ペンスさん。何年前からか、「良いお年を」をしに行くのが恒例に。「来年は高田市に行くわ」と言うてくれて、冗談でも嬉しい(「何しに!」と突っ込んでしまった。「英語の話を聞きに」だそう)。This is also one of the most precious places in the world (I mean it).

And, I’m going to make a move… Let’s see how it goes.

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Power of Art?2019.12.05

自分が好きなアート作品を見ている時、脳はDMN(Defalt Mode Network)なのだそうよ。これが脳みそが「ぼんやり」「安静」して内省的になってるモードなんだって。たぶん、私はアートを介してこの経験をして、このモード大事だ、と思ったから関わっているのかもしれません。「美しいもの」は人ぞれぞれだけれども、それと響き合ってるモードが大事なんだと思います。自然でも、絵でも写真でも言葉でも。

そのとき、人は幸せを感じるのかもしれないし、ポジティブなマインドセットを入れられるのかもしれないし、何かしら次の行動に良い影響を与えるのだと思うのですね。ひいては、世界が良くなるのかもしれません(大きくでた)。

たぶん、私も含めて大体の人が落ち込んだり、うまくいかないモードになることがあるし、本当にそれでとても苦しんでいる人もいるけど、「何と」でもでもいいから響きあう時間が取れたらいいなと思います。

人ともアートとも言葉とも自然ともその場所とも、響きあうものを探してウロウロしてるのかもしれないな〜とも思うのでした。響き合って、響き合わせてゆけるとよい。

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あと、「自分が嫌だな、と思うことをする人がいるけど、その人にはそうする権利があるのです」という言葉を読んで、まあそう思う方がとりあえず楽か、と思った次第です。前にも書いたけど、私の「嫌だな」なんて所詮私のものさしでしかないのだから。

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去年の今頃、クリスマスの飾りを少しするナンシー♡

12月で翻訳のあれこれが落ち着くので、少しずつ次に向けて、考えているアイデアを動かしていきたいなー

Youの世界2019.11.25

先日レッスンで「Youは「あなた」と「あなたたち」両方なんですよね〜 演説とか」と私は単に当然のこと、と説明したら、Kさんの気づきが面白かったのです。

英語圏で「個」の感覚が強いのはそれでか、と。言葉か感覚か、vice versaだろうけど、「多(あなたたち)」に対して語りかけても「個(あなた)」に言葉は向かってくるのだ。「語り手は私に語りかけている、これは私のことだ」って思うわけです(かね?)。その人のとりようでは、そのyouは「多」だろ、って拡散してしまうかもしれないけど、個人的にはyouと言われたら指されている気がするなあ。だからかな、歌や演説が刺さる気がするのは。もしくは、「多」だとしても、「個」の集合体としての「多」みたいな。

対して日本語は、どっちかしか言えない。もしくは、どっちも言わない。「みなさん」とか。「あなたたち」「みなさん」では自分は大きなものの一部、普段の会話であまり使わないからか「あなた」と言われても「へ?わたし?」という感じ。今朝ラジオで小耳に挟んだこのにも少しつながった。イギリス出身の作家Pico Iyerが日本の電車の車内で、ひとに寄りかかってうつらうつらする人、それを受け入れる人について好意的に描写していたのでした。

どちらが良い悪い、じゃなくてどちらも良かったり悪かったりですが、youのない世界で生まれ育つ感覚を持っているのだ、とちょっと自覚すると面白いかもしれませんな。

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昨日はゆーこさん、仙人のお家にお邪魔して、二人とうめださん、わこちん、みさおさんとで、ESS beyerチームで作り始めたフリーペーパー「ESS mag」のvol.2の折り作業。文章を書いたのが2015年なので時空を超えたものが出来上がりました。みさおさんが編集・進行、仙人がデザイン〜入稿。わたしは英文のチェックもしくは英訳なんだけど、チェックの方は「翻訳」にならないようにした(つもり)…消し忘れとか文の配置とか「しまった」が時々あるのでpaid jobじゃなくても抜かりなくやらねば、と反省。

とは言え、お蔵入りかと思われたものが、みさおさん主導のおかげで歩みを進められてうれしいし(わたしはこういうの、マジで主導できない)、皆で久々に集まって、仙人ごはんを食べて、クリスマス王子の選曲した歌を聴きながらの作業、楽しかった。その後紅葉進む裏山に登っておやつなど、ゆるやかながら充実した日曜日、良かったな。

積み重なった「いま」の一つに過ぎないのかもしれないけど、2013年にbeyerでESSをすることになったのは大きな転換点だと思うので、声をかけてくれたうめださんにも、朝早くから参加してくれていたみなさんにも大きな感謝でいっぱいなのです。