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PINE TREE TRANSLATION

Diary

 

Diary: June 27-28, 20202020.06.28

I tend to write my thoughts here and that feels a bit heavy, I guess. I just wanted to write a plain diary, so I do.

土曜は母をおともに午前中から奈良の蔦屋書店、そしてから空櫁さんへ「マティスの食卓」。有永さんのガラス、二川さんの陶器、空櫁さんの場所が引き立てているのもあるけど、ため息の美しさ。素直にいくつか選んで帰る。わたしにとって、場所でも作品でも食べ物でもこういう空気は真ん中にある。ごちゃごちゃしたカオスみたいなのが人間だ、というも頷けるし、それが救いになることもあるけど、こういうスッと落としてくれるもの、凪を与えてくれるもの。少しだけ原生林を散歩して、somiさんでお菓子を買って帰途。

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こんなのが徒歩圏内の高畑は最高やけど、やっぱりお高いようで。

***

日曜は大阪へ。6月は週に1〜2日電車に乗って県外へ行っていて、今週はもう1回ぐらい出るか、と思っていたので、ふみさんがモハキハを久々に開けるというタイミングで行くことに。なかなかに盛況の合間を縫って少しおしゃべり、ふたばちゃんも照れはあるけど、会うたびにしっかりしてきているねえ。ばったり warble / 22 さんが来て、うれしさ募ってその後寄ることにする(徒歩2分。こういうのは都会のいいところやねえ)。実に4年ぐらい行っていなかった(衝撃)、のに覚えてくれていて嬉しい限り。

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そのあとは、谷四に住む高校時代の友人が空いていれば、誘ってmoto coffeeの内本町店行ってみたいな、と思っていたけど、あいにく鎌倉に住むお姉さまのところへ行っているとのこと。 一人で行っても良かったけど、ふと思い立って青星さんへ。こちらも客足とだえず盛況。初めて1階のカウンター席へ。いつもは2階で静かに過ごしているけど、お二人と時々喋りながらも楽しかったな。

こんなふうに出かけるとすぐ1万歩超えるのよね。わ〜い
これ以上暑くなると無理だけど。

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丘の上、窓のそとに広がる芝生と大きめの木、、小屋ほし〜い、と話していたら、母実家のほったらかしの斜面にある田んぼと納屋の話に。しかしタイニーハウスすら建てるお金ないからな、ローンも組めないしな、時間かかってもいいから誰か分割払い+DIYで建ててくれんかな…(白目)今の家からさらに車で30分田舎になるのと、下の方の道路がまあまあ交通量が多いのがどうかな、明日見に行ってみます。

After the spring whirl2020.06.25

I feel energy towards visiting places and seeing art is coming back. 気候のせいかな、晴れた比較的爽やかな風の吹く日は、意識が遠くへいく。また美しいとか心が動く思うものや景色を見て、人生を創ろう、という気持ちが湧いているように思います。

この春もりもり沸いた心理学欲のおかげで、レッスンに臨む気持ちの芯を改めて感じられました。その人が抱える不安を知って、自分のペースを作ってもらうこと。英語とその人の関係性を見つめたり、改めて作ってもらうこと。わたしも間違ってたり、片言だったり、知らなかったりすることはまだまだあるけど、いい関係で続けたいと思っているので…

民間のカウンセラー試験まで受けたところで、英語にまた学びの重心を戻しつつ、教える・ガイドする上でのことや、生きること、ジェンダーや人種 issue のことを考えるのに心理学・社会学的なのは本で勉強しよう〜という心持ちです。

As Yukiko-san (Komeday no.1) always says, “World peace starts from home”, I’ll start it from my heart. It doesn’t mean I’ll prioritize myself about everything, but I’ll follow my heart feeling happy and excited.

正直、またどっか行きたいとか思うのかな、何にも心惹かれないな、と思っていましたが、そういう気持ちもまた変化するもんだなと感心していますよ。義理とか責任とか「みんな言ってる・行ってる」からじゃなくて、惹かれるものに惹かれていきたいと改めて。

北海道のマオイの丘てとこにあるお宿からの風景がめちゃんこ響くんだけど、これ、非日常じゃなくて日常にほしいんです。かと言って、縁もゆかりもないところに行きたいわけじゃないので(会いたい人にはすぐ会いに行きたい)、奈良にないかな〜って…。そんな場所を見つけたら、時間がかかってもいいから創ろうかな、って気持ちです。

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自転車でも行ける距離に(5年前から)ブックカフェあった。チェーン店だし小規模だけども落ち着いた雰囲気で小さいオアシス〜。なぜか2階にいる気分。

The world without any frames or categories2020.06.13

We’re in the “Pride Month” and also think a lot about “systemic racism”. (Also “systematic racism”, too. I’ve confused these two until recently. Check out https://withoutbullshit.com/blog/systemic-vs-systematic-for-example-systemic-racism )

The other day, I got a chance to translate an article about protests, riots, lootings, and racism written by a black American writer. Of course it was an honor to join the team and great to get feedback from the finalized article ( “power” を「権力」と訳せなかったのはmajor mistakeだったけど、there were 32 more translators and an editing team, so thank goodness…), I thought that could’ve been better というか、やっぱりまだ読みにくいし、「声」を伝えるって難しいと改めて実感しました。33人+がやった「ゆらぎ」もあるのかなと思うけど。
(The Japanese translation of the article is here:
https://toyokeizai.net/articles/-/356071?utm_source=Twitter&utm_medium=social&utm_campaign=auto )

One of the things that I want to discuss is the meaning of “colorblind”. 原文に、”We don’t have a luxury of peaceful protests or sitting around praying for a peaceful world populated by the colorblind” とあるのですが、「〜ただじっと肌の色の関係ない平和な世界を願って祈り続けるなんて〜」と日本語訳ではなっています。わたしは何となくもうちょっとネガティブな意味もあるのでは、と思ったのですcolorblind。
colorblind

これが意図せんとするところなのかどうか、自信はないですが、このcolorblind現象はいろんなdiscriminationに現れる気がします。systemic racismとも繋がっていると思う。気づかないところで、あるグループが有利な社会になっていて、それが暗黙の了解というか、「普通」であることで、例えばアメリカで黒人の男性がどれだけいろんな場面で気を遣っているか、ということに気づかなかったりする。自分は人種的な差別意識もなくて、「みんな平等」だと思っていたとしても、自分にそういう心配がなければ本当の平等ではなく、それがcolorblindなんじゃなかろうか。ジェンダー然り、セクシュアリティー然り。

I feel that boundaries or categories are dissolving, which I think is very good, but it might be better to check if there are any benefits or harms to a certain group of people before we blindly go “we are equal”.
(特に今年は、色々な境界線やカテゴリーが溶解していく感じがしていて、それはすごくいいと思っているのですが、盲目的に「(わたしにとっては)みんな平等」と言う前に、いちど自分の住む社会は特定のグループに利益や不利益がないか考えるのが大事な気がします。)

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A book & magazine I got yesterday. ジェンダーのバイアスは小学校入学以前に培われていたりするらしい。そこから濃くするか薄くするか、大事ですね。大人になってから薄めるのは葛藤があるかもやけど、わたしはちょっとexcitingだと思います。

About Romantic & Sexual Orientation2020.06.02

Asexualityについて、どれぐらいの認知度があるのでしょうか。

わたしもどこで初めて見かけたんだか忘れたけど、まだ知って1年ぐらいかと思います。最近、心理学の本棚で「見えない性的指向 アセクシュアリティのすべて(原題 The Invisible Orientation – An Introduction to Asexuality)」という本を見かけました。これがまたかなり細かく性的・恋愛指向についてまとめられていて、最初にasexualityについて知ったときは「うーん、近い気もするけど?」ぐらいだったのが「あー、わたしはかなり asexual spectrum上にのってるじゃないの」と感じずにいられませんでした。

・他人に性的魅力を感じるかと恋愛感情を持つかというのは別
・性的興奮と性欲と性的に惹かれることは別
という説明が一番腑に落ちたかな。

まあでも、実に様々な指向があるもので、相手の性別はもちろん、「グレイエリア」や「デミ(感情的な繋がり・相手のことをよく知ってからならあり得る)」なども含めると、これはもう千差万別では?と思う。アセクシュアルな人は人口の約1%ということ。でもわざわざ言わないだけで、スペクトラム上に含まれる人は割といるような気もするんだけど、そんなことないのかな。

前に「The Half of It」の感想で LGBTQという区別はもはや不要なのでは、と言いました。割と昔から人の性的指向を聞いても、なんというか、「あんこがめっちゃ好き、お肉は生理的に無理」と言われたぐらいの受け止め方だった気がするのです。もちろん、その人が傷ついてきた可能性を考えたり、そのことを話すのは勇気がいっただろうなと思ったりはしましたが。

まだ道の途中ですが、わたしは「アセクシュアル」で「デミヘテロロマンティック」だというのが今の実感です。ラベルが細けえな、と思うところもあるけど「わたしはこうなんで!」と分かりやすいのは「やってみないとわからない」とか「シャイなだけ」「怖がりなだけ」とか「良さ」を押し付けられないようにするにはいいかな。『異性が好きだ、と自認する人に「同性愛の可能性」をこんなに推すことはないのと同じ』という説明にちょっと救われたり。ということで、感情的に繋がれる人はいたらいいなと思ってますのよ。これは、アセクシュアルの人じゃないとダメ、なんじゃなくて、惹かれてくれる人がいて、わたしも仲良くなりたいときに、どう伝えたらいいかがちょっと分かってよかったわという話。

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ああついに念願のオキーフさんのキャロットケーキ。ベストオブかもという勢い!

こんなことをつらつら考えていますが、翻訳がまあまあ忙しいぞ。ありがたいね。

Next Step2020.05.23

いこさんが帯のイラストを担当した、臨床心理士の先生が書いた「聞く技術」の本にピンときたことから、「わたし心理学興味あるかも」と思い、学び方を模索してきたここ2週間。

以前から「考え方のクセ」に関心があって、それを知る手がかりがありそう、と言うのと、英語のレッスンをする中で「腰がひけて後退りしながら憧れの眼差しを送り続ける…」みたいな人の手を引いている感覚を持つこともあって、いい導き方というか、声の掛け方のようなもののヒントもありそうだと思った、というのが主な理由でしょうか。

もちろんそれは、語学学習にとどまらず「生き方」につながるし、自分自身の歩み方のためでもあります。

大学院に入って臨床心理士/公認心理師、という(なんとなく)頂上のようなのも意識しますが、研究したいことというのを彫り出すためにも、ひとまず、カウンセラーの通信教育と妹からもらった臨床心理学概論などの教科書、courseraのpsychologyコースなどで基礎知識を得つつ、より興味がある・腑に落ちる本で深めたいポイントを探っていこうと思います。基礎知識の方は、秋から通信制でマイペースに進められそうな放送大学の講座でぼちぼち学んで、認定心理士の要件が満たせたらな〜なんぞ。

心理学でいうと、自分の考えに近かったのがアルフレッド・アドラー氏で、結局前々からよう見るなあと思ってたベストセラーやんか、というオチ。英語との関わりや、これまでの歩みから自分なりに見出したこと(「何を目指すというわけでもないけど、その時その時の行動の連続をつないでみたら、ああ、まあまあ登ってきたんだなと感じる」とか)も書いてあって、アドラーさんや後を継いできた方々の言葉から、さらにもう少ししっかりできるかなと思っています。

そういった考え方とか、ハードルを下げて下げて続けられる、積み重ねられるようにすることとか、アートとこころの関係とか、自分が「こうかなあ」と思ってきたことに、いろんな人の研究やとか知恵やとかを借りて落とし込みたい、ということがひとつ。

そして、英語にしてもそれ以外のことにしても話を聞くことで「こりほぐし」のようなことができたら、というのがもうひとつ。そのために、自分のからだも見つめて・つかって研究してみまーす。

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ご多分に漏れず、食べたものから育てるシリーズ。レモンちゃんです。

前の『The Half of It』の感想の続きのような話ですが、どこかでまだ「結婚」や「子どもがいる」ことがより良いことであると考えるクセがあったけど、最近それが薄れてきたような気がします。どちらであっても「とても良い」とできるのは自分。

Mind your own business2020.05.09

大抵「他人の問題に首つっこむな」的な意味で使われるけど、これはliterallyそういう意味で。不安とか、不満とかが出る時は手元足下のことから始める。

In the era of social media, it’s quite easy to underestimate myself.  It feels like everyone’s doing something by themselves or together and I don’t. Not always, but it does feel like that. I think it is a good thing to realize that you feel so, and you need to get back to yourself when that’s happening.

英語を学ぶことにおいてもそうだけど、「できてない」ことに目が行きがち。「やりたいこと」「やるべきこと」を確認するのも大事だけど、「できてること」も見てあげてほしい。ほいで、そこから1歩でも半歩でも進むですよ。

Now I’m watching a documentary film of Michelle Obama, and it feels like she is someone in a different world, but the truth is, she is just one of those hard-working people. Above all, what I think great about her is that she knows the underestimation starts from oneself and it is important to have your own back by yourself.

あと、”The half of it” というNetfilx映画。ちょっとネタバレですが、LGBTQと人種がテーマのティーンものか。。と思いつつ見始めて、出だしで 「the other halfを見つけてwholeになる」みたいな引用で「そっち行くんやったらやだな」と思ってたら、愛の色んなかたちや、人生は be yourself であることを見せてくれて良かったです。すごく賢いのに英語がネックで、その上妻も失って行き詰まってしまったEllieのお父さんも、悲しいけどそういうこともあるだろうし、描かれていて良かったと思います。PaulはWill Poulter君のがっしり版みたいやね。先生役のBecky Ann Bakerも出てるといつもいい味。Paulのお母さん役のCatherine Curtinも何か好きやな〜。

I sometimes still feel like I need to find “the other half” and I’ll be failed if I can’t find one, which I think I’m stuck in an old habit of thinking, but I want to see and show there are millions of different ways to live.

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くしまさんのレシピで作ったアメリカン・バナナ・ビスケット。この春はVG・GFでおいしいのが色々作れてうれしい。

Discoveries2020.04.24

先週日曜日、イトヘン会議のzoomミーティングに参加させてもらって、振られたとき以外は発言せずに終わって(もともとそのつもりだから、それはそれで良い)、わたしはただただ自分の状況とかを聞いてほしいだのだと自覚して、なぜか泣いた。

I guess I’m not in a difficult situation at all. I have my own house (not “my” house, accurately), relationships with family members are fine, I have a healthy body so far, and I’ve been able to keep a good amount of my work I had. But maybe because of that, I’ve felt like I had to keep myself from talking about my situation.

「解決すべきこと」も「解決方法」も要らなくて、ただただ単純に自分の状況をだらだらと話したかったのでした。お店や展示に行くことがほぼなくなって、家の人以外と雑談することがなくなったことにもようやく気づきました。普段から離れたところにいる友達と電話などもしないから、それがなくなると約束して話すしかないのですよね…

And that’s gonna be a very limited number of people and even with those people, it felt like a big deal to say, “Hey, I wanna talk”. Because when I usually talk with them, that was a scheduled, long-time-no-see kind of meeting, which takes at least half a day or so.  Here, I finally realized that a casual talk on the phone or video chat can be nice. When someone asked for that last year, I didn’t feel like it because I had enough talking with people here and there, and I wanted to spend the rest of the time alone. And…I need it now (ya, I’m selfish and I know it).

とにかく、大丈夫と思えば大丈夫だけど、大丈夫じゃないと思えば大丈夫じゃない、みたいな人が結構いる(というかみんなそうか)のでしょうか。まあ、それで翌日にとりあえず声をかけられそうな数人に「雑談の約束」を取り付けたのでした。それから思い立ってお菓子を作り始めたら、その癒し効果たるや。つくる、できる、おいしい、しかも分かちあえるてすごいよねやっぱり…

There is some good news, too. The city I live in has just announced that all households don’t need to pay the base rate of the water bill for two months. Also, they’re planning to pay some aids for small companies and self-employed people, in addition to the one from the government and the prefecture. I started to check the website of my city after I heard about the news and knew that they’re working to do something for the residents.

万年財政難だとか、住みたくない市1位だとか言われたりしてますが、こういうことを知るとうれしいし、安心しますね。折に触れて思うけど、市にしろ県にしろ国にしろ、外から人を呼ぶためのものをつくって推すんじゃなくて、住んでる人が幸せで安心できる場所にすることを目指してほしいです。地味でいいから。わたしもそのために何かできることがあれば、してみたいなと思うし。地味なことでね。派手なお祭りとかイベントはいいので。

About my daily streaming service routine, now I’m juggling “Community”, “Suits” and “This Is Us”.  “Community” is really easy to watch, my favorite kind of comedy-drama, but my only concern is that the only Asian character in it is described as a not-cool, crazy, lonely man-child… And, although I talked with one of my friends from the US that “This Is Us” is too dramatic or cheesy, I admit I cried watching it.

There’s no turning back2020.04.09

Sometimes I see something like “We can’t go back to ‘before the coronavirus'” and I think it’s basically right. It sounds a bit wrong. I mean, do you want to go back? Maybe I’m just being too optimistic or looking at the only bright side of this circumstance.

Back to normalが良いことなのか、今は何とも言えない。もちろん、この事象の中で辛い・悲しい出来事もたくさんあって、大変な思いをしている人も多いと思います。が、ここで元に戻ってしまったら元の木阿弥、何か見えそうだったもの・感じられそうだったことが見えなくなる気がします。

I was upset about things I can’t do or better not to do first, and still feel busy with many thoughts going on in my mind, but this is a chance to live a life that we wouldn’t live if the “normal life” had continued. And it takes time to change habits.

行動や思考のクセが、見えたり変えたりできそうな。でもまだもう少し時間が必要な気がするんです。抗わない・あきらめない、両方できると思います。それからまた、みんなが自由に会える日々が来れば良いなと思うんだけど、勝手だろうか。

Accept and Change2020.04.06

先週金曜日、何かが切れて「もうオンラインにしよう」と思いました。ESSのことね。初めからオンラインで受けてくれている人もいるので、オンライン自体が嫌、とかではなくて変化が嫌やったんかなと思います。できることも変わってくるし。

Also, my sister got mad at me (technically, through my mom) having classes, and said, “Money is more important for her than life, isn’t it?” To me, it wasn’t about money or teaching English. Physically being there amongst those people and spending time there meant everything. So, having classes in person was part of my life.

あとは、オンラインやとレッスンができなくなってしまう人たちと、疎遠になってしまう気がしてたみたいです。そんなことはないのにね。「気をつければ感染する・させる可能性は低い」に賭けるのに疲れた、というのもあります。医療機関で働く人や、どうしてもその場にいないといけない人たちもいる中、リスクをゼロにできる選択肢を持っているのやしね。

Now I think it’s a good opportunity to try some new things – having classes only online is one of those things for me. It might expand the possibility or make me notice something. Actually, I’m a bit excited about what I am going to learn through this. So I’m okay now.

パインペーパーが東京・茨城・愛知へも旅立ってうれしい。でもほんとにしょうもないものやから、ボンヤリ読んだらすぐ忘れてもらうぐらいがちょうどいいです。。

I started to read Raymond Carver’s “What we talk about when we talk about love” and Dave Eggers’ “How we are hungry” (I love the book design of it). They look good.

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Enjoying cherry blossom hunting. This one caught my eyes the most around here. たわわ感。あと、これじゃないけど反時計回りにねじれる感じで伸びてるのがわかりやすいのがあって、それも印象的でした。

Feet on the ground2020.03.29

There’s nothing we can do in a snap, being completely passive, with no consciousness.

連日、新型感染症COVID-19(コロナ氏)に関する色々なニュース。目に見えない・得体の知れないもの、怖いですね。しかし怖い〜怖い〜と言いながら緩んで・任せて・委ねてしまっていなかったか…と、あらためてちょっとシャキッとしました。ある程度「こうしていたらある程度大丈夫」というのが示されているので、手洗い・消毒・顔を触らない・人との距離、恐れるだけじゃなく、ちゃんと意識的・能動的に気をつけることが大事、と教えてもらいました。情報への対し方も。あたまだけふわふわさせずに、しっかり地に足つけて考え・動きたいです。

And I think this applies to everything. 興味がある、こうなったらいいなというのがある、から一つ何かを進めてみる。意識的に行動する。I don’t mean anything big, I’m just talking about getting the consciousness back to yourself a little, and do something with being aware of doing it. 誰かと話すときも、心ここにあらずというか、適当に委ねてしまっている時よりも、コミットして話す、ちゃんとそこにexistして話す、委ねるとしても何に委ねるか判っている方が、ほんとうに言いたいことは伝わる気がします。

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先日、5月に予定している旅のうち、バンクーバー〜オレゴンの電車が早くも運休に。「返金は電話のみ受け付けます」とのことだったので、Amtrakのコールセンターに電話。感覚的な話をすると、走り慣れている人に全力疾走でついて行った感じでした(ゼーゼー)。かなりの速度だったと思うのですが、こっちも走って相手との速度差を縮めてる感じ…こっちが止まってたら絶対見えない文字も、合わせて走ったら見えるじゃないですか、そういう感想を持ちました。おもしろかった。走るトレーニングを始めたばっかりの人にはついていけない、ということも言えるけど、コミュニケーションに関して言えば「相手はスピードを落とすこともできる」というのも言っておきたい。なんのこっちゃ。

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先週タイミングよくありつけたしずかさんのランチ@鶴見印刷所。

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Now Reading:
じゃじゃ馬にさせといて by 松田青子さん
(初めて訪れた toi booksさんにて購入。通ってきた・いるカルチャーが似ている(スパイスガールズが青春であるとか)のと、ジェンダーについても何か照らしてくれているので。いまはInside Amy Schumerの再生リストを保存して隙があれば見ています)

Borders and Boundaries2020.03.22

今までは当たり前だと思われてきた色々な境界が、どんどん薄れている、not a big deal な感じがしてきてやいませんか。

わたしは一応シスジェンダー(生まれた時に割り当てられた性別と性自認が一致している人のこと)ですが、世の中gender orientationもsexual orientationも二者択一じゃないんだなあと思うことが増え。いや、だからと言って自分はヘテロセクシュアルじゃないかもと疑えと言っているのではなくて、女性的な男性とか男性的な女性とかもたくさんいることですし、個々に女性性・男性性の割合が違うし、「どっち」とかいう概念がもうblurringだな…とふと思ったりします。

「家族」という概念もそう。K先生の「親子って何ですか?」の質問に対して息子さんのMちゃんが「赤ちゃんが生まれたら かわいいかわいい こっちこっちゆーたり 大切に育ててぇ 大きくなったら 面白いことを一緒に探す仲間」と言ったという話を聞いて、ああ、と思ったのです。長い時間を共に過ごしてきた・ゆくからもちろん特別なのですが、「家族」ってのはあってないようなものなのかもしれません。「仲間」というのは良いですね。そう思うと合点がいく、腑に落ちる気がします。

世の中そんなものとっくにビュンと過ぎ去って、わたしも色々と旧来的な線引きに縛られているのかー などと思うと、まだまだ自由になれそうです。

人からも他の生き物からも、たくさん赦されてここにいました。ありがてえや。
It might be nice to be aware sometimes that a lot of forgiveness and acceptance are letting me be here.

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岩瀬さんの「呼」に対する久美子さんの「応」
言葉以外で感覚に向けて形にできるの、ほんとに素晴らしいね。
棺は切なかったけど美しかったです。舟、お見送り。

「問いかけ」の大事さを、最近いろんな方面から感じることが多いので、そんなこともまた書けたらと思います。

Notebook for Notes2020.03.16

I’ve just made a notebook for scribbling words and translation ideas. I’ve made those notebooks in the past, and failed, so I’m not quite sure about doing this, but we’ll see.

And I’ve just remembered I was furious when Hayashi-san asked me how would I translate our prime minister’s word, 「募っているという認識だった。募集しているという認識ではなかった」. I said “furious”, but not to him, but to I don’t know what. To lots of things, mainly to my brain, I’d say. Anyway, I wanted to figure it out, so here’s what I think of for now: “I was just welcoming joining us. I didn’t intend (or mean) to recruit anybody.” I know this needs to be revised, but that’s not what I want to do now, I just wanted to try, so.

翻訳やことばの筋トレノート作ったよ。

What am I going through???2020.03.15

This line from the movie “midsommar” has been echoing in my head. 色々落ち着いて、時間ができて、it’s a good time to think about my work, money, and life. 答えはない、と言うかeverything is the answer.

自分の自信のなさが根っこにあるな、ということも改めて。自分が「美しいな」と思うものが出せるように、ことばに出会っていく他ないというか、そうやって日々過ごせたら幸せだなと思います。というわけで「お」と思うものに出会うべく、本を読んだり、記事を読んだり、映画やテレビ番組を見る日々。しかし「へえ」と思った表現、いい加減一つのところにストックしとくべきかな…

Pay attention to the moments when you feel most alive and make most of them.

これもその辺の紙にメモしてあったのですが、どこからとってきたのか忘れました。あと、「鉄板メニュー」とか「間違いなしのなんたら」とかを surefire ~ ていうのも今日知りました(ユニクロのLifeWear magazine Issue 02にあった)。

もちろん自信を持ってできることもあって、それも一朝一夕にできるようになったことではないので…やっぱりそういうことだね。。

身の周りのことを通してそれに気付いている人が「英語やっぱりなかなか」とか「全然できない」と言うていると「おい」と思わないといえば嘘になるけど、わたしも似たようなことはいっぱいありますもの…(あご下の肉が取れない、肩こりが取れない、とか)。変化はゆっくり、しかし着実に訪れるものである、ということを皆がそれぞれの物事を通して気づくようにできている。

なのでレッスンでは、それぞれの人の語彙力とか方向性とかに合わせたステップを作れるのが大事、ということも何回でも言う。頑張ってる、頑張らなくては、と思わずに続けられるのがいいよね…(わたしがそうだから)。オンラインの英会話レッスンなるものをやってみようかと登録までしたけど、いざどの人と何を…と選ぼうとした時点で自分がどうしたいのか分からなくて、ストップしてます。初対面の人と一体何喋るんだ。っていうか、初対面の人と喋ることって大体決まってるし、面倒だなってなったんですよね〜。かといってじゃあ何が喋りたいんだ、っていう。頑張って会話広げるのってめんどくさいですしね。ははは。

あと、この「わたし何がしたいんや月間」で思い知ったのは、好きな人のとこや好きな場所に行くのはやっぱり好き、だし大事と言うことで。美しいもの美味しいもの。それを創る人。たまに嫉妬してしまうけど、それはやっぱりわたしが「やってない」だけで。Plus, 昨日cordのおかぴさんが言うてくれた言葉のおかげで「会ったらほっとする存在」でありたいのは the first thing on the listだなと思いました。

世界も共通の課題を与えられていて、どーなるtwenty-twenty。大変な台風があってから、計画運休が定着したように、今回もそうやって気づいて、変わっていくのかなと思います。Also, it feels like every wall between any labels in the world or in me is getting away. Well, I’ll talk about it in the next entry.

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At 昼kasi。「お!」と喜んで迎えてもらえるとやっぱり嬉しいよ。

What I learned from interpreting, and working for free2020.03.06

映画館で映画を見る楽しみを伝えるユニットCinemactifを主宰するペップさんからのご縁で、ハリウッド映画『KIN』の監督とのスカイプQ&Aの通訳をしました。

通訳ってのは、わかっていたけどかなりアスリートです、やっぱり。
日常会話ならまだしも、インタビューや会議などの内容が濃ゆいものを「瞬時に」日⇄英する(のを数時間続ける)のは、なんちゅうか、車のギアを終始入れ替えまくっているような、いや、むしろ仕組みの違う車を同時に運転しているような。。
ちゃんと聞いたら「あ、違った」ってとこもあるだろうし、(時間が押していたのもあるけど)端折り方がひどいところもちょいちょいあるので58点というところ…
要点をうまく掴んでアウトプットできたときは「波に乗れた」感じがするので、これをどれだけ高い割合で維持できるかが大事だな、と思いました。身体感が面白い。

翻訳やレッスンと違って普段やり慣れていない、しかも相手は長編デビュー作とはいえハリウッド映画の監督、そしてポッドキャストのリスナーの期待や批判を考えてのプレッシャーで、自分でも気づかぬうちに胃が荒れていました(豊中の展示直後、回復前に動き出したし)。
そうそうないチャンスだし、ワクワクしたけど、やるまでのストレスがな。。これも経験を積むことで少しは大丈夫になっていくんでしょうけど。怖がりなので、そういうステップアップは「気づかないうちに」ぐらいゆっくりな方がいいです。ESSの軸もそうですけど、動きが硬くなっちゃう力はない方がいいので…

あと、今回の件で仕事と報酬についても色々考えました。
<自分が惹かれるものを作る・ことをする人がいて、その人が英語で困っている。そこで私が(できる限り)役に立って、感謝されて、わたしもその一部になる>というのが成り立っていればいいといえばいいのだけど、じゃあ報酬としてのお金は一切いらんのかというと。食べたいものを食べられたり、行きたいところに行けたり、会いたい人に会って、本や映画や音楽や、好きなものを手に入れられたり楽しんだりできて、健康的な生活を送れていればいらない、んですよね…。でも、そのためには「お金」がいるのですよね。いや、お金じゃない方法もあるのでは、?というところでちょっと止まっています。

↑こういう形で自分を差し出せるために、お金という報酬を得るための regular jobを持つ人もいると思う。でも、そのregular jobが社会に加担していて、自分の人生の大半を占めていく、って考えたときに私の場合は腑に落ちなかった。私に英語を教わることや翻訳をしてもらうことに対して「お金」という形で感謝を示してくれる人がたくさん出てきた、という「腑に落ちる選択肢」が与えられた状況があったから、でもあります。お金はやっぱり感謝を表す方法なんじゃろうか。<感謝を表す方法のひとつ>という方がいいのかな。

ただ、こちらが値段を定めることに躊躇いがあって、どうにかできんかな〜と思っているのですが、その理由がちょっとクリアになりました…。<感謝>の大きさをこちらが決めてる気がするからかー。

見返りを求めない、ほんとのvolunteer jobの精神がかなり欠如しているような気分になる今日この頃。ま、volunteer jobはほんまにvoluntarilyに気が向くことだけでいいっか。

それはそうとて、喜んでもらえるように差し出せるものを磨いておかなければな、と改めて思うたのでした。

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惚けるために寄ったカフェにて。(ドリンクできたら呼ぶための)「お名前は?」と聞かれて「ゆきです」と言った時に自分がどれだけworn outしてるか悟りました。

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「チャーリーズ・エンジェル」は軽く観れて、楽しめた〜。男性はちょっとoffendedな気持ちになるんだろうか。クリステン・スチュワートかっこいいな。ノア・センティネオは喋るとマーク・ラファロそっくりだ。キャメロン・ディアスたちの前々作・前作から20年近いのか、というのは衝撃。

Thoughts on “working”2020.02.29

There’s something I noticed recently.

I want people to thank me or being thankful for what I did. More specifically, I want people to know what I’m doing is not that easy.

I’ve been working on a project for free, and sometimes I got sad or mad for the person who asked me to help. The reason was it felt like the person doesn’t feel grateful for what I’m doing for him/her; the way the person treated me was like as if he/she thinks I can translate or interpret as I breathe. NO, I CAN’T.

Sometimes I feel like people think using English is difficult for them but easy for me. NO, IT’S NOT. …Yea, maybe a little bit easier for me than for them. But why do you think is that? Because I’ve been working on it so long. And it still needs way more energy than using Japanese, you know.

It is in part my fault because I always say “I’m just doing what I can do”, which is completely true. And I think it is one of the happiest ways to live. But through that unpaid job, I realized I need at least trust for the person and respect for my work. How much the project is attractive to me or how I like the person also counts. All those things and money are balancing. I don’t turn down any project that doesn’t pay me real money, but I need to know that I can’t do a sloppy job for unpaid work or prioritize paid work.

In this case, I told the person how I felt bad for and hurt by his/her behavior and he/she apologized, so that’s that. Actually, I’m glad that I found out about what I think about working.

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空櫁さんで買った彩子さんの花器にやっとお花。竹田さんが束ねてくれたラナンキュラス。コンセント周りの汚さ。

ところで先日妹と映画「ミッドサマー」を観ました。目を覆いたくなるシーンもある(いや、多い)けど、変すぎてポカーンとしてしまった。スウェーデンの白夜祭は色や音楽が鮮やかで美しかったり、どんどん「祭りやー!」みたいな感じで、乾いた笑いが出そうな顔だったんじゃないかと思います。心が「何じゃこりゃー」と言っていた。アーティスト寄りなのか、何なのか、going through a bad breakup  の時に脚本書いてたらしいけど、それをあれに昇華する監督アリ・アスターとは。