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PINE TREE TRANSLATION

Diary

 

Old story2018.10.05

腸は昔の記憶が蓄積しているらしい。我慢したり、無理したりした記憶が硬くなって残るのだとか。と、言われて昔のことを思い出していたからか、夢の中に初恋の人(!)が出てきて思い出したことがある。

「好きな人いる?うちはYくん」と当時仲の良かったEちゃんに言われて、初めて視界に入ったくせにYくんが最初の自覚的「好きな人」になった(単純)。5年生でクラスが離れるまでは、「ああ、Yくんも私のこと好きなようだ」と思うこともあったりしたので、その後少々押しの強めなAちゃんと「付き合っている」と聞いたときは(わたしの「好きな人」も変遷していたけど)残念だった。

年に何度か「差別ダメ」の運動の一環で「集団登校」というのがあって、参加する子供はそれぞれゼッケンに思いを書いてそれをつけて登校する。が、目立つので大抵学校に着いたら外して終わりなのだけど、小学校5、6年生のときのF先生が言ったのだったか「一日中つけてみる」というのをやったことがあった。

用があってYくん(とAちゃん)のクラスへ行ったときにAちゃんに「何でまだつけてるん w」というようなことを言われ、側にいたYくんにも同じ調子でかわかわれ、私はショックを受けて自分のクラスに戻った。冷静に考えればたわいもないことなんだけど、私は少々ドラマチックなところがあるので、しゅんとしてF先生に「ゼッケンつけてたらこんなことがあるんやな、せんせ…」的なことを言い、机に伏して、英語で言うところの make a scene してしまった。ざわつく教室。

対外的には「差別ダメ、のゼッケンをつけていたら二人にからかわれて傷ついた」という話だけども、Aちゃんは私と同じ被差別部落出身で、一緒にゼッケンをつけて参加する側だったので、正直「じゃれてる」ぐらいにしか感じなくて、要はそうやって傷ついて「ああ、Yくんのこと好きだったんだね〜」と改めて思ったのだった。いや、言われた瞬間エサに食いついた魚を引き上げる感覚で「ドラマスイッチ」が入ったのかもしれない。こわい。

何の話やねん、という感じですが、今も日々ドラマチックなんだけど、割と自分が欲するように自分を守るように生きられる一方で、小学生ぐらいのときが人間関係で「初めて」が多いからか、一番プラスもマイナスも体当たりでなんやかんやあって人との関係がドラマのようだなーと振り返って思う。そんな時期を共にサバイブしたからか、小学生の頃の友達と会うと、何となく「深い」ところで共有しているものを感じるのだ。

「ああ、体当たりでサバイブしたな〜」と感慨深く思えるのも、両親に全幅の信頼をおけていたからなんじゃないかと思ったり。当時は子どもなりに色々辛いこともあった気がするけど、子ども時代の思い出に「まる」が多いと以降それを推力にできるのだとか。

こんな話を読んでしまった方がいたら、申し訳ないね…

Sort things out2018.09.23

I’m not in the mood of going out for an exhibition. Especially not the one I go just because I know the artist. Now I feel that I have to use my time and energy for my work, English and ordering things in my apartment.

What motivates people when it comes to learning languages? For many people, it gets harder to take time for “study” after they start working unless they have a goal like taking exam. Even for me, I can’t keep doing the same thing every day, except for watching dramas or videos. I want to say it’s okay to be lazy. At least you do something related to English  EVERY DAY (which I think is the most important thing). Then you’ll see you’ve come to be able to do more in a year, 5 years or 10 years.  And I’m happy to help you keep doing it, or make it a bit easier or more fun to do it.

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Just so you know how much I love “anmitsu”.

Tokyo &2018.09.16

先週末はactでの展示の下見&ミーティングで大手町のsangmiさん、そしてDさんの付き添いでエストニア大使館へ行くので思い切って2泊3日で東京へ。初めてJR+ホテルのプランで中心部のホテルにしてみたけど動きやすくてとっても良かった…

アートやデザインと生活の課題をどこでも聞く。
わたし自身も「展示に行ったら必ず買う」という月のサロンの方のようではない。金銭的なこともあるけど、そんなにたくさん欲しいと思うものもない。
SUNNY BOY BOOKSでたまたまやっていた展示の作品は何かピンときたので買った。一時期のことを思えば買わなくなっていたので自分でも「めずらしい」と思った。
でも、「絵だから買わない」のではなくて服でも同じぐらいの値段ならパッと買うかも…と思ったのでした。いや、その時の気分やら懐具合やらfall in 具合やら全てのタイミング次第かな…
あと、絵は飾ってるけど「展示替え」してないね…ポスターもずっと同じ…だから増やせないんだ。動かしかけたら動きそうだけど。

確かに、ほとんどの人にとって、自分の家や部屋に絵があって、それがもたらしてくれるものに対する実感がなさすぎるのかもしれません。が、じつは「海外の人はもっと気軽に絵を買う」という実感もそんなにない。今度行ったらきいてみよう。

やっぱり金銭と仕組みだろうかね…

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木曜の夜から喉の調子が変で、金曜は本格的に喉が痛くて熱っぽくて、でも滋賀でTちゃんと会うのは楽しみにしていたので、葛根湯とパブロンでごまかして行った。最近不調の時はなぜかみたらし団子とGreen Dakaraなら食べたい…となるので買って帰る。体が冷えてる気がしたので、先にシャワーで温まってから食べる。喉の痛みはなんとなくひいていて、とにかく眠いので寝る。夜中に腸からwarning発令。熱っぽさも冷やしたいぐらいだったので、出るものは出して冷えピタ(使用期限切れ)を貼って寝る。熱の発散がトイレ以降ちゃんとされてる感。朝、喉の痛みや熱はすっきりなくなって、腸の不調だけ残る。食べるとゴロゴロするのでやや絶食。昨日は行こうと決めていた七重さんとゆりさんの展示へ。作品ややさしい人たちに会ってかだいぶ良くなる。ゆりさんの文は生活に灯る明かりみたいで好き。少しずつ回復中。他はわりと元気なので、家での仕事や布団カバーの洗濯や久々の床拭きなどやってしまう。模様替えのためにつむぎ商會さんへ行ったら、ムクさん夫妻にばったり会う。夜にはだいぶ回復。だけど何なんだ。食べ物かな〜?でも思い当たらないし、なんで喉が痛くなるのか謎。

明日妹とお母さんがウチに来る予定が、給食室で働く妹の万が一(ウイルス性のをかなり警戒している)を考えて延期。しゅん。

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Oさんに聞いてて行きたかったお店。かっこいいけどあたたかみもあってクールだ

Not in a hurry2018.09.02

I started to talk about my plan to people around me, and went to see some properties in Ikoma I found with the Kitamura-San’s help. 幸か不幸か、ピンとくるものはなく、代わりに見えた条件もあってよかった。

・その土地のつくる空気
(「奈良に行った空気感が良かったのなら、自然に近いかとかその家が、というかその土地に来た時点でその時間感の中にいるのでは」不動産屋Fさん)
・普段空き部屋になるゲストルームではなくて、泊めてあげられる準備ができること(今は布団がすぐ出せない(あるけど狭さで出すのが面倒)、とかいうのも原因)
・清潔感
(水回り新品の威力よ。でも「新品じゃなくても惹かれるときは惹かれる」というキタムラさんの言葉もわかる)
・静かさ
(マンション・アパート系でも今以上の生活音はいや!NO!!)

今の場所ももう少し思い描くものに近づけられる気がする(きっと机周りのものや、本棚からはみ出た本が増えてきたのも原因)ので、そこから始めつつ、奈良も散歩しに行こうと思う。

あの時間の流れの中に、今のマンションの条件(5階建ての5階(視界が開けている)、南と東にバルコニーや窓、道を挟まないと建物がない、頑丈なつくり、1フロア2戸、単身者専用、家賃このまま)と、+α(トイレ・お風呂別(もしくはもう少し広く)、LDKがしっかりある、エレベーター)があれば最高なのにな〜〜。とか、とか。

I’m gonna meet many people, tell them my plan, listen to their opinions and move it ahead. “Nobody knows when they die”, this is always somewhere in my mind and sometimes reminds me, “If you wanna do it, you do it now”.IMG_5112
ある日の住吉公園駅からの夕焼け。この日の晩8時頃地震〜

A Future Plan2018.08.27

I think I got a plan for the near future.

I’d like to find a place to live in Nara (hopefully around Takabatake area, close to nature, not too far from the city, with 2 bedrooms), renovate it into a nice place where people are happy to visit (of course into a place for me to be VERY happy to live).

I’ll continue going out for having lessons, but I’d like to invite people to have it, too. It would be great if I could have a gathering for learning through more relaxed way, such as “Finding your favorite expressions” or “Soak in the sound of English (even if you don’t understand)”.

I’ll have a car as it will be more difficult to go anywhere without it.

I’ll keep one of the bedrooms for guests, maybe offer it for people who want to stay there and earn out of it.

It might be my project or identify myself. I see myself as someone who is somewhere among learning English (or anything), translating, art and life (cannot be one of them). And this project will need help of people around me who have more knowledge, sense and skill.

何はともあれ場所を見つけないといけないので、奈良の高畑以東かそこらでいい場所があったら教えてほしいぞー。自分でも歩いて探しにいくか…

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What I found out yesterday2018.08.19

きのうは、昼から敦子さん・浩伺さんと初めて林さんの勤めるincurveのギャラリーへ、その後久しぶりに「月と六ペンス」へ。帰り道、「京都 やまほん」を見つけたので寄って帰りました。

で、ずっと考えてる、何かを見たりして「いいなあ」「かっこいいなあ」と思ったり感動したり、心地よく感じたりすることについて、自分なりの説明で腑に落ちるものがあったので書いておきます。

人・場所・物・作品・風景・言葉…それが何であれ、単に気持ちが静かに「落ちつく」というよりかは、互いの波がちょうど良く合うか、打ち消しあって凪ぐ心地よさ、という方がしっくり来るなあと思ったのでした。昂ぶって泣いてしまう、というのは、波長が合いすぎて大きく揺れるから。個人差はあるけど、みんな自分側の波はある程度の幅で調整ができたり、調子によって変わったりする。

だから、逆にざわざわしたり不快なのは、不協和音というか合わないことに敏感になっているのかなと。調子が良かったり、おおらかだったりすれば、そのあたりも自分が(無意識に)調律できる。

だからまあ、やっぱり環境が良かったりいいものを持ったり、いい人に囲まれたりすることは大事な気がします。自分が相手やものにいい影響が与えられるほどの力があればいいのでしょうけど。ざわざわしたときや調子が悪いときに落ちつく場所、というのも調律のイメージで行くとそんな気がしてきませんかね。

もしかしたら言語の学習も、子どもがわりかし自然にスルスルと100%正しくはなくても抵抗なくいくのは、その辺の許容範囲が自由で広いのがいいのかな〜と。色々と枝葉末節な疑問をもたず「何かよくわからんけどそんなもんか」と受け入れて「ふんふーん」と調律するというか。

やや胡散臭いですが、そんな感じです。

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にしおさんから「八月の水 5」そろそろ出来上がりのご連絡。締め切りに間に合わさねばと推敲がやや甘かったので自分の文章に不安ありですが… そして意味深な予言までもらう日曜日の午後。

今さらながら、オーディオブックうまく活用すればESS感味わいやすそうやないか…?

about a book -12018.08.17

As I wrote yesterday, whether you (or I) can speak English or not is not a matter to me. 言い方はあれですが、actually I don’t give a shit about that.(こうしてね、日々聞いてる言葉を自分の感情と合わせると楽しいね。下品なのでほんとに喋るときは I don’t care 使うけど、ほんとにこれぐらいの強い思いはある)

確かに、I was like, quote-unquote, “a good student”, but it was because it was fun for me to work on questions or reading or writing assigned by teachers. それが結果「真面目に勉強」してたことになってんだね。。

Well, as I’ve been thinking about how I can guide people who want to “study” English, one of the answers would be a “book”. Not like an ordinary textbook or how to book, rather like a book that you can get closer to English before you notice it. Thinking about this idea makes me very much excited. I think it’s possible, but I will need some help.

Stuck2018.08.16

I’m writing my diary on a daily basis, but it doesn’t mean I don’t have anything else to do. I’m trying to write this.

I feel like I stuck in a boring way of teaching English. I feel my students are somehow enjoying during the lesson, but I also feel that they’re frustrating with their slow progress… maybe. And I think I’m not providing any convincing way. Not good. How can I make them exposed to English without making much effort or without making them feel they’re making effort? I believe everyone who has been taking my lesson constantly is making some progress, tho.

Or maybe I should stop calling my lesson “English conversation lesson”? No, I WANT to stop calling it that. It’s not a goal, it’s just a consequence of what you’ve done. I just want them to enjoy time with English or finding something through my lesson.

Also, what’s nagging me is the thought that I’m still counting on the income other than translation and ESS. But about this matter, I’m using my language skill for the work, so maybe that’s fine…

what makes you pleasant2018.08.15

今日は朝の7時ごろ家を出て、3軒本屋(うちブックカフェ2軒)に行った。十分な空間で本が読めて、コーヒーと食べ物があって、考え事ができて。これはどこの国へ行ってもしてしまうし、ほんとに贅沢な時間だと思う。

買おうかな、買いたいな…という本に幾つか出会えたのもよかった。1軒目で試し読みした本を2軒目で買う(買うために2軒目に行った、というのが正しい)、という妙な感じになったのは、その本を知ったのがその2軒目の本屋さん(blackbird books)だから。だいぶ前にイベントで伺ってから、結局一度も行けていなかったけどいつも横目でチラチラ見ていたので、行く理由を作りたかったというのもひとつ。

もう何冊か買いたいのがあったし、それらを全部買ったところで破産などしないのだけど、結局買ったのは1冊だけでした。「牛たちの知られざる生活」。ロザムンド・ヤングというイギリスの人の本。訳も読みやすい。石崎比呂美さん。大阪の人だって。

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気になった本や雑誌を読みつつ、英語のレッスンなどについても考える。
やっぱり愉しい・おもしろいの延長線上に「話せる」「使える」があるのがいい。というか、「話せる」「使える」に焦点をおくとつまらない気がするのですよ。同じ本を読むでも環境によって沁み方が違うから、やっぱりリラックスしたり良い環境だと、能動的になってもらえるのでは〜というところ。
私にとってのブックカフェみたいな環境で戯れてほしいわけです。

Repetition2018.08.12

朝からW子女史とモーニン。彼女の_act_につながるストーリーを聞いてじんわりする。流れで「”アート”って。」をお題に座談会的な。思わず終盤にお互い熱がこもりましたね。ばいえるちゃんを通して知り合って5年半。継続・発展が期待できるきざし。

W女史を見送り、そのまま2時間ほど集中して翻訳。梅田で用事を済ませ、前から気になっていたギャラリーALNLMへ。Follow your instinct大正解。紙事・綾さん、詩人・月森文さんから、先日からの問いへの答えのヒントと、繰り返すことや地道に続けることへエールをもらう。見えること・見えないこと、ペースはそれぞれでもやっぱり続けることが大事、とまたもや確認しました。やはりコップから溢れるようなところはあるのだな。それをどう、サポートするかな。

実用と非実用の間、好奇心をstimulateできるレッスンを心がけるのが良かかな。翻訳や表現についても、毎日小さく続けられる何かをもう少し。
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昨日は昨日とて、午前中は仕事、午後から高田に戻って父親と会う。ダイナー好きの原風景のひとつであろう、FUJIEDA COFFEE HOUSEをリクエストして連れてってもらう。禅的な考えへの傾倒は父親からだと思ったので聞いてみたけど、特にそういう本とか読んでたわけではなかった… 彼も彼とて、生きる中で先人たちの言葉から腑に落ちたものをpass onしてくれていたということ。

10月の旅は鳥取から白浜に変更。無念だけど、きっとそうする方がいいのだろう。おみくじの吉報が「南西」だったという記憶を味方につける。鳥取のタイミングはまたあるはず。

Rounding up July & Autumn trip(s)2018.08.08

You know, what is surprising is how our feeling can be swept away with time.

7月はあれから長野・木崎湖でのAlps Book Camp、月いち母娘meet up、森本先生の教室「人はなぜ表現するのか」、星ヶ丘メンバーとのごはん、高校の友達とのごはん、act座談会③ギャラリー編、そしてactメンバーのトークなどなど、もりもりしていてひとつひとつ気づきや考えや得たものがあったのに、もうすでに自分の肥やしになってそれだけを取り出すのが困難だ。

But one thing I clearly remember is, even though I (want to) think the whole world as one, I found myself very happy when some people or some places I know connect each other and find that they can do what they’ve wanted to do together.
例えば、ABCで今回チーム「してきなしごと」で一緒だったyohakuさんと、我が地元大和高田のsaredoさん、お互いやってみたかったことが一緒だとできそうです、という瞬間が何気に一番うれしかった。
Other than that, I can’t deny I’m proud of my hometown, or more broadly, Nara. Living in Osaka fits my lifestyle, but sometime I want to say I’m from Nara (and I live there). Because I feel that place has some kind of potential or attitude we need for the future.
ただの自惚れかな。きっとみんな自分の出身地のことはそんな風に思うのかもしれません。

After finishing the exhibition as “_act_”, as I talked with Atsuko-San, there’s “act-San” in everyone’s mind. 浩伺さんとTacoちゃんをサポートする、というチームとして始まった(と思ってる)けど、関わる人それぞれの「希望」が託されているように思います。As I mentioned before, I think I’m not particularly obsessed with admiring or devoting for the “art world”, but I’m attracted to things where there are hope for everyone. I’ve been thinking about why I’m interested in art, and the answer to that so far is art can speak to deep in our soul, give some time away from our life, and give a new demention to our life. Of course not every art does that, and it does not make our lives easier in systematic ways, but it eases our mind in many ways.
But anyways, it seems we’re at a turning point. I believe that which way we take, it’ll be fine.

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さて、秋のアメリカ行きもやっと決まりました(決めました)。秋〜冬の入り口は旅が少しずつありそうな。今年は11/8~12/3。Thanksgiving と Christmasの雰囲気をほんのり感じて来れたらな〜と思います。今年の +α はBerkeley。あとはまた翻訳とオンラインレッスンしつつ、immerse できたら。アメリカにめちゃくちゃこだわるわけではなくて、会いたい人がいるからというのが第一の理由かな。来年は違う国かな〜とぼんやり考えていますが。東南アジアあたりにも普通に旅行でちょっと行きたい。

ドラマの「ファーゴ」が面白かったので、映画のも見よう。

wet hot 三連休2018.07.17

Last weekend. We suffered (still do) from the extreme heat + humidity but it was another good profound three days. I don’t think I can write the all of it down, but I hope I leave at least a part of it…

灼熱の週末、の割に動いた、そして動いて良かった。
土曜日は星ヶ丘のESSでの後、はるみんさんの展示 at 410、その後 iTohenでの美術家・画家たちの座談会へ。_act_の展示中イベントの一環なので、行くとexhibitor側、知った人も知らん人も混じってややホーム感、安心感。
座談会のパネリストは阿部海太さん、宇加治志帆さん、マリアーネさん。進行役で林さん、それにTacoちゃんと浩伺さん、その場にいた画家たちも混じって、緊張感なく、それに一方向でない会。
美術をやってきたわけでも、絵を描いたり作品を作ったりしているわけでもないけど、完全に美術界隈にいるし、単純に「作品が・作家が好きだから」という理由ではなくなっているので、私はここで何をしているのか、どうしたいのかを整理するためにも実際に「美術家」や「画家」として生きる人の話を聞いておきたかったのです。
先日カワタ製菓店さんで手に取った「わびさび」の本からも感じて取れるけど、たぶん今に始まったことではない、ずっと(相当遡れそう)もやもやしている「美術・アート」のあり方を考えて、見直していけたらいいなと。もうむしろ美術とかアートとかラベリングするのももやっとするので、この世界との関わり方として一緒に考えていけたらね〜。昔から同じようなところをぐるぐる回ってそうやし、眉間にしわして悩むことでもないのですが。結局は、前にカナカナのみほさんに言われた「やらずに居られへんことをやったらええねん」を地道にしてたら、「なるようにしかならない」し「なるようになる」はず。
「英語」や「翻訳」という切り口だけでは、わたしなんて全然分かってないことだらけなので(でも皆のためにできることを考えて、がんばってます)、たぶん +α で赦されてるところを大事に、皆が生きやすくなるように。
一人で考えててもどうにもならないので、折に触れて話していきたいなと思った夜でした。

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日曜は、思いがけずHFCのバイトがなくなったと思ったら、最高のタイミングでふみさんから連絡。

済ませたかった仕事はできていたので梅田まで出かけてお茶、ゆっくり喋るのも久々で、話し尽きず夕飯までなだれこむ〜。ふみさんは、仕事も生活も緩急つけたり模索しながら磨き続けてて、色々と話を聞かせてもらえて、話せてエネルギーチャージ。女子・女性としても鏡になれるのに、だめなところも出してくるの…

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海の日は、昼から星ヶ丘の「青空ウクレレ発表会」にGrahams(ESS + 星庭班)として出させてもらう。出来でいうと、練習の「脱力感」が本番で出ればもっと良かったんだろうね(当たり前やけど「緊張感」に取って代わられてしまった)…と反省しつつ、みなさんあたたかく見守ってくださって感謝。
バターロール組とも久々に会えて話せて嬉しい。
Grahamsメンバーは星ヶ丘界隈に住む人たちなので、みなさんの入り浸り感や飲んだくれ感(失敬)からややバイエルを思い出しました。それにしても、各々仕事以外でも才能あふれていて(好きなことがある)すごいし、星ヶ丘に集まる人たちは、老若男女生きることや何かをつくることや、皆で何かをすることをほんとに愉しんでいるなあと、ぐうたらいっちょかみの視点から思うのでした。
新谷さんから「ヨーグルトのたね」を分けてもらう。豆乳だとむずかしいかな〜と思ったけど、朝起きたら試しに作っていたのができてたのでうれしくなりました。次のESSでの報告が楽しみであります。

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Grahamsです(ビスケットの歌をうたったので)。身体も顔も髪もバランス悪い垢抜けないわたし…でもいい写真

Do not make enemies2018.07.12

More accurately, it was “Why do you make enemies?” My father told me this when I was acting like my grandma was my enemy. I was too immature to behave better, but it explains many things today.

My mother once told me, “You don’t need to give anything back to us. You give it to your children.”

I remember my sister tried to ease my feeling when I was in a bad mood. Also, she held her feelings back when I selfishly left home when she needed someone’s help.

Of course, they are not always like saints, but I do think I was meant to have them as a family and I really appreciate that.

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Exhibition of “_act_” has started at iTohen. Gentle layer of colors.

Output to make room for input2018.06.29

Constant good input is important, but as it applies to anything, you’ll get some space when you get something out of yourself. (Wow it is like “Law of conservation of mass”… ) Here, I mean my English skill.  It sounds super matter-of-fact, but here I declare I’ll keep good listening, more good reading & writing & speaking.

I saw someone said, “whatever it is, the point is whether it liberates you or not”, which made total sense. (I love this word, “liberate”) Thinking back, I think I’ve made decisions or choices that gave me more freedom, and this idea will help me in the future.

Also for what I do as my work, I want it to be something that liberates the person, not makes them suffer.

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Photo from Feb. 2014 at “hoco”. I didn’t even think about I would get to know with the owner, hang around Portland together 3.5 years later

こんだけ書く間にも何回直すねん、てなってるし、まだ変なとこあるかもね、もっとかっこいい文章・言いかたあるやろね、と思いながらも、それが自分にとって苦しくならないように続けるのやっ

Is that a “yes”?2018.06.24

ドラマなり映画を見ていて「あ、このyesにはaが付く」などと気づくことがたのしい。そういう気づきを蔑ろにしない日々にしたい。なにも大そうにする必要はないので、「あ」と思って心に一瞬留める。

オンラインのレッスンで、月に1~数回とメールでのレッスンを1年あまり続けてくれている人が、先日アメリカへの旅から戻って「どれだけ自分が英語が話せないか分かった」と言う。でも続けて「去年行った時には絶対言えなかったことがたくさん言えた」とも言う。毎日英語漬け、というわけではない中で、自分なりに続けてきてそう思ってくれたのはとても大きい。

語学には色々な考え方があると思うけど、分からないこと・終わりがないことを「げ」と思うのではなくて、小さな進歩を楽しみつつ終わりなど意識せずできたらいいなと思うし、私にとってそれが聖域のようになってる気がします。

地震があって、めちゃくちゃビビったけど震源から近い直下型の揺れは、大地が揺れておるというのがすごくわかって、ひろっぱとかなら全然怖くなさそうだとも感じたり、地球の、人間の出来事が宇宙から見ればどんなもんか、というハジメさんの話も「そうなんだよな〜」と思いながら聞いていた。その視点も持って、一人の人間として善く生きられたら。大きな話のように聞こえますが、そのためにはまず自分と、目の前のこと・周りの人を大事にすること、と唱えて忘れないようにする。

そういうことも、yesの前にaが付くと気づくことも、ボディブローのように効いてくるはずなので。

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ラボタモさんの個展を見に、念願のO’keeffe。次回は絶対キャロットケーキを。