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PINE TREE TRANSLATION

Diary

 

Dance and Mystery of Translation2022.06.12

2、3週間に1回はダンス行こう、と思いつつ足を引っ張る自分もいる。何のために?とか、ガソリンもうないで?とか、ダメさに惨めな思いをするだけでは?とか、今日天気いいで?とか。

4回分買ったしな、と、大音量で体動かしてスッキリしたい、という気持ちを支えに行く。わたし以外の人同士が、何だか和気藹々としていてどんよりするけど仕方ない。体も思うように動かない(というか「思い(思考)」により動かない)し、ステップの打率3割ぐらいだけど、発表会メンバーではないのもあって、できてなくても何となくスルーしてもらえるので気は楽。あ〜、これをもうちょっと自習的に練習したらできるのよね…と思いながら終わる。

荷物を取りにロッカールームに降りて、一言二言交わすと、表情から別に避けられてるわけではないのだ、とわかって安心する。最近入った方と二人出がけにインストラクター方が「超入門ちゃうなー、発表会のばっかりですいません」というようなことを言ってくださる。「(発表会出ない人たちが大丈夫か)気になっちゃって」。「楽しくやってますよー」と言うと「よかったー」という感じだったので、へっぽこ過ぎて呆れられてるのでは、と思っていたけどへっぽこなりに楽しかったらいいのか、と気が楽になりました。

居場所ない…へたくそだ…もうだめだ…と思ってたのが、レッスン後の3分で気楽になったのですごいなーと思う。英語もそうかな、と思ったり。特に何か目標や発表の機会がなくても、何かやりたい、でやってもらえたらいいな…。みなさんそれぞれのレベルなりに落ち込んだりするけど、ちょこっとでも何かわかったり、その時間だけでも新しいステップが踏めたし何かわいわいと楽しいしいいか〜、で習ってる方もよかったりするのかな(そうであってほしい)。

翻訳も、結局自分の自信不足もあるのだ、と思って、またユニクロのLifeWearで日英読み比べ。表現やら冠詞やら、そうよね、なるほどね、と思うのが楽しいけど、日本語と結構変わってたりして、これそのまま英語にしたらあかんのかな〜と頭を抱える…逆に、インタビューの英→日訳、なんか日本語に落とし込めきれてないな、というのも気づいたりするので、まあ全てわたしがだめ、というわけではなかろう、、

Follow-up & Update2022.06.05

翻訳を完全に切り離すことに違和感(危機感?)というものがあって、収入的な不安かしら?と最初は思っていたのですが、どちらかというとidentity crisis のようで、少し前はそれも全て手放すのが良いのだ、とワクワクもしていましたが、わたしはわたしのできる・やりたい形で「翻訳的」な関わり方をしてもいいのでは?と土曜日の朝、具体的に「どう」とはわからないものの、「残す」の色が濃くなったのでした。

今回ラボタモさんの展示を見に東京へ来ていて、会ったら伝えなければ、しかし何と言う?とずっとなんとなく考えていて。メッセージや短い文の英訳はしんどくないもんな、そんなのも全部断るってこと?お願いしてもらって、わたしも「訳したい!」って思うのがある時はどうする?とぐるぐるするうちに、翻訳の「正しさ」や「品質」にobsessedしていたのはわたしだな、、そこから解放されたいのだな、、と思うに至りました。

当日の朝ごはん、PARKLETに行くと高橋ヨーコさんの写真展が開催されていて、高橋さんの写真雑誌 Ontalioの日英両表記の記事を読んでいると、こう、両方楽しめるのっていいよな〜としみじみしました。素敵やな、と思う記事をただ読んで楽しむワークショップなどもいいかもなあなど。

ラボタモさんにも、これからは受けられるのが減るかもしれない旨だけ伝えたら、「誰かの専属になって囲い込まれたのかと思った」「色んな人から必要とされてるから」と言われて、自己評価の低さを実感しました。ゲーム言語の英語(生き返ることを respawn というなど)は正されてもそっちにハマってるのやという話も、「正しさ」が解されてよかったです。

翻訳で何を訳したいのか、どう訳すのかは、相手の要望ありきであまり自分がどうしたいかは考えてこなかったような気がするし、shitty translationを出してはならぬという強迫観念がしんどさの原因ではあります。なんかでも、しんど…ってなりながらいわゆる高品質のものをやるより、私も自由に楽しんでやりたい。やりたいと思えるものなら受ける、とか納期はこちらに合わせてもらう、とかノンネイティブ品質でもよければ、と受ける、とか、やってもいいのかな。

そういえば数年前、和井内さんのアメリカ旅の紀行文が良くって、翻訳を相談されたのだけど予算が合わなくて一旦流れたものの、やりたかったからネイティブチェックなしで好きなようにやったやつを、好きやからやってしまいました!通じなくはないと思いますと渡したことがありました(結局文章量を少なくしたり、なんやかんやあって正式に依頼もしてもらえた)。その時の気持ちを思い出せばいい気がします。

カフェという「好き!」も仕事にさせてもらえているからこそ、翻訳もESSももう少し好きなようにやれる余裕ができるのでは、と思えるようになりました。

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(PARKLETも展示もさいこうやった!すき!)

May 22, 20222022.05.22

朝からレッスン、のち2週間ぶりのダンス。

レッスンでは、明確な答え・説明を出せる時と出せない時があるけど、質問・疑問を出してくださると、興味を感じられてやっぱり嬉しいな。作ってきてもらう文も「短いんですけど」とか前置きしたくなる気持ちもとってもわかるけど、ほんと大丈夫だから!と思う。何かしら作ってきてくれたら(即興でも)、そこから広がるし、普段の会話なんて短いのも多いしさ。外国語で文が作れるなんてすごいんだぜ、と思う(ハードルが低い)。

ダンススクールは、先週どうにも気乗りがしなくて、これは先細っていくやつかな…と思ったけど、鍼灸でからだをみてもらったときに、ダンスして汗かいて(疲れるのではなく)気分がスッキリしているのは、とってもいいです!と言ってもらって、やっぱり行こう…となったのでした。

7月に発表会があるのだけど、超入門クラスは出ない人もレッスンはいつものスタイルでいつでも参加できるのはありがたい。2週間空いてしまったら、永遠に埋められないギャップができるような気持ちだし、どうも自分が打ち解けにくい雰囲気を出しているような気がしたり、どうにも動きが微妙だったり、Tシャツのダボ具合が他の人と比べて足りないのが気になったりはするけど、リズムに乗れるのは気持ちが良いし、やっぱりスッキリするので、そこを合格点にしよう、と思うのでした。2、3週間に1回でも楽しいじゃないか、という感じでいこう…

There’s No Wrong Apron2022.05.19

käsiさんで働く時にはいつもエプロンを借りていて、一着ぐらい自分のエプロンがあってもいいよな〜と思っていました。お菓子・カフェ熱が高まっている中で、MMMつじおかさんの展示がnowhereで開催されていて、見に行って(ツケで買って)きました。

ネイビー、オフホワイト、生成り、どれも捨てがたくて散々迷う中で、「どれを選んでも正解やし、どれを選んでも「ああ、あっちもよかったな」とか思うこともあるのだよな…人生と同じやー!」とふと思った(そして言った)のでした。

Follow-up to the previous post, 翻訳については今年初めから手放し始めていたので、それを完全に手放すという流れになるのですが、レッスンはひとまずスケジュール見つつ継続かなと思っています。お菓子やコーヒーに注ぎたい気持ちと、レッスンも続けたい気持ちと。ちょっと「好き」の流れに任せる。翻訳についても惜しい、残念、もったいない、悲しい気持ちはあるけど、そのスペースを作ることで好きやわくわくがふくらむ気がするのです。

「ブリティッシュ・ベイクオフ」や「テッド・ラッソ」を見ているのでイギリス行きたい欲がふつふつ(ワクチンや隔離が要らないのも魅力)。航空券の検索までしちゃって、思ったより高くないからますます実現を考えてしまう。お菓子やコーヒーを共通言語に、英語がそれに力を添えてくれる感じになったら楽しいな。

Just some notes2022.05.16

This has not happened all of sudden, but more like what I’ve had somewhere in my mind has risen up to the surface.

It needs some courage to say it out loud, but I’ll probably stop translating or teaching and pursue the way of baking, working at a café, that sort of thing. It hasn’t been too particular and ideas are still vague, but I just feel like that.

It doesn’t mean I don’t like English any more or I’ll stop learning it, and it hurts my feeling that I’m not gonna be able to help those talented and blessed people around me with English. There’re certainly things that I love about English, so it will continue to be part of my life.

It’s been tremendously honor and my pleasure to be part of those amazing people’s life through translation or teaching, and I’ve always been happy to be able to help and get to know everyone, but that’s the fun part and honestly I can’t say translating and teaching itself have been my biggest joy or what I can’t help but doing.

That being said, I’m still thinking about keeping ESS in some way as I’m not going to stop learning English or exclude it from my life, and it’s my pleasure to see my fellow learners and talk.

Food – especially sweets, bread and coffee/tea have been my passion and it actually brought many connections with amazing people who I admire. And I (almost suddenly) wanted to work closer to those what I’ve loved in the beginning of this year, and Sachiko-san of käsi kindly accepted me as a help. The feeling of joy and excitement in the morning of the day I work there tells many things. Of course, that’s because she provides the joyful working environment, and also thanks to kind customers.

Many things are uncertain yet and it would be a lie if I said there’s no fear or worry, but I might have been wrong to believe that English was the only way that I would be able to make my own living. However, it was certainly the key to broaden my life and connect with so many friends who create amazing things and keep doing what they love.

Anything won’t change overnight, but I just wanted to write this down and let it out for the first sprouts that have just come out.

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May 15, 20222022.05.15

ふと思い立って、お昼を食べにcordさんに行く。
ツナメルトサンドイッチとカプチーノ。
キャラメルバナナケーキとキャロットケーキを
テイクアウトで。

帰りがけに店主さんからおかぴさんが
This Is Usにハマっていることを聞く。うれしい。
次回は夕方に来てお話するぞ〜という楽しみができて
帰りの車でいつ行けるかな、と考える。

やっぱり好きなもの・ことを分かち合えるのは
one of the happiest things だなー
(一つに絞らなくていいから便利な表現だ)

ツナメルト食べるぞー
キャラメルバナナケーキ買って帰るぞー
と思って行ったわけですが
行ってよかった200%ぐらいになりました。

書きたいこと・書きたかったこと
考えてることもたくさんあるのに
なかなかここへまで持ってこれていません!

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We’re all gonna die someday2022.04.13

That’s what comes up to my mind from time to time, which is a good thing. We usually forget this fact, which is also a good thing, too.

生まれた星の元のせいもあるのかもしれませんが、そのことが定期的にremindされるのは、気持ちをシンプルにしてくれるので、基本的にはありがたい。

It reminds me of my life; how I want to live.

生まれてきたこととか、今自分が手に・目にしている人生とやらってすごいなあと思うし、親は私をこの世に連れてきただけですごいなあと思うし、私は私で存在してることがすごいなあと思います。

だからこそ、できるだけ「こう生きたい」というのを実現させて体験していきたいですね。って多分何回も言ってるし、やっぱり大なり小なり(旅に出ることから、誰かにかけるひと声まで)思ったことを実行していくのは人生やってる感があって良い。

いつ終わるとも知れないちっぽけなa human beingと思うと恐ろしくもあるけど、何となく気が軽くもなります。

今日見た吉野山からの景色も、そこまでエイコラ登った私の体も、今日体験したこと全部、すごいぜと思うと、なおさら日々、一瞬一瞬ちゃんと生きようと思うのでした。それは、すごいことや幸せなことでなければいけないのではなくて、どんな些細な一瞬も味わって逃さないようにという感じでしょうか。もちろん基本的には「あ〜幸せだ〜」と思痛いですが。自分の人生に敬意を払って生きたいね。

まあでも、こういうことは折々思い出すぐらいがちょうどいいのかも知れません〜

山に(期せずして)登った疲れたからだで「グッバイ・リチャード」を見て書きとめた次第です。IMG_9945 (1)

The (sudden) dance enthusiasm2022.01.24

sudden なのか、ずっと内側でふつふつしてきたものなのか…「翻訳手放して、カフェで働いたりするのだー!」と同時に降って湧いてきたのが「ダンスしたいー!」という気持ちです。

ヴィジュアルははっきりしていて、広いスタジオで、大音量でノリノリ踊る!というもの。何かを目指すとか、チームで発表会とかはなくてよくて、ただその場に居合わせた見知らぬ人たちの中、半分背景みたいになって踊りたいな〜って。なので、YouTubeにいっぱいあがってるよ、とか家で一人で好きに踊ってるよ、というのは「…それはわたしのしたいダンスではないのや…」と思っていて。

見つけたのは、ダンススクールとジムのダンスプログラム。

ジム自体も全く縁遠かったのですが、ダンスプログラムの見学に行った時に、新年キャンペーン(3ヶ月行きたい放題で2022円!)の最終日だったので、後押し!とばかりに入会。今日初めてダンスのプログラムにも参加して、自分の動きのちぐはぐ具合に苦笑いしながらも、Uptown Funkが流れた瞬間「これやー!」と満たされました。当たり前だけど、振付をこなしたり覚えたりするのは好き勝手おどるのとは違うね…。別に知り合いとかできなくてもいい、とは思っていたけど、お隣の方(50代ぐらいかな〜 でもわたしよりキレが良い)が「むずかしいね〜」という風なコミュニケーションをふんわりとしてくれたのがうれしかったり。

ジムの人も、器具の説明など優しく丁寧にしてくださって、まるで異星人のようにおどおどしながら、ウォーキングマシーンで歩く自分が面白かったり。体幹の筋肉が本当にないことも明らかになったので、筋肉量増やして姿勢も改善したいです。

実は昨日、ダンススクールの超入門クラスの体験も行こうと思っていたものの、初めての場所で、そこはもっとバリバリ踊る人たちが多いイメージだったのと(めっちゃかっこいいんですけど)、雨降りの寒い天候も向かい風になって、どんどん気後れして行くのをやめてしまって。そういう自分に落ち込んでいたのですが、今日だめだめながらもやってみて、改めて来週行ってみようと思ったのでした。。

Kさんから聞いた、サンフランシスコ(バークレーかな?)にあるダンスホールは、昼間に老若男女が好きに踊る場で(ナイトクラブみたいなのではなくて、明るい)、そんなのがあれば最高だな〜とも思います。

I was still2022.01.24

not working for what I want to do, just to be a help of someone I respect or I like, which is also can be an important reason for work, of course, but I realized I wasn’t enjoying some part of it that much.

かっこいい作品、おいしい食べ物、美しい空間をつくる人たちの役に立てることは、もちろんわたしの仕事の大きな動機ですが、この年明けふと「翻訳けっこうしんどいな?」と気づいたのでした。

I want to be a help of people I respect or I think interesting というのは間違いないけど、「できること」が思ったよりvagueで「訳すのが楽しみだー!」というよりは「不安しかないけど、なんとかできると思います、、」みたいな気持ちが強くて。これはなんか、実際いいものができているかどうかとは別の話で。

英語で何か力になりたい、というのは確かにあるけど、それはもう少しざっくりした「やりとり」であったり、会食に同席してゆるく会話を助けることのような(雰囲気の例えです)。バイリンガル表記のものを読んだり、英語の音声と日本語の字幕を同時に取り込むのも「楽しー!」と思うようなので、完全に翻訳を止めるのではなく、チェックの方なら続けられるかもしれない。

今までわたしの翻訳をチェックしてくれていたW氏や、日本語でも英語でも良い文章が書けて、読書量も遥かに多くて、自然な日本語も操るKさん(どちらも米語ネイティブ)が、翻訳をやることに前向きなので、ああ、そういう方向かな?とうっすら感じています。

あとは、Aさんが「たくさんあるプロジェクトの進行管理、外注できるならしたい!」とこぼした時に、特許事務所時代の職務でやってて得意でした!と自然とでた。職務自体は得意だな〜と思ってたし、一緒に働く人たちも好きだったけど、辞めた理由は「特許」自体に思い入れが持てなかったから。Aさんが関わるプロジェクトはいつも魅力的で、得意なことで一緒に携われるなら大変幸せです。

そして、ずっと好きなカフェやおやつにもう少しphysicallyに関わること。自分が店をやりたいとかいう気持ちはあまりないし、すでに周りには好きな・かっこいいと思う空間や食べ物をつくる方たちがたくさんいるので、そういう場所で働いたり、袋詰め作業とかそういうので、get involvedしたいぞ〜という気持ちです。

最後に、本作り。THE PINE PAPERというフリーペーパーを出してみて、fangleさんで「本作らないんですか?こういう写真にちょっと日本語と英語あるような本とかいいですよね。作ったら置きますよ」と言われて、自分も「そういうのいいな!」と思ったのでちょっとずつ進めているのです。他にももう一人、そういう本があれば「買います!」と言ってくれた人がいるので、ってたった二人ですけれども…

それと同時に「やりたいぞ!」と思ったのがダンス。ストリートダンス 、ヒップホップ。それについては次に。

Me 2022 to Me 20212021.12.31

合っているのかはわかりませんが、まあいけるでしょう、2022年のわたしから2021年のわたしへ!といっても「昨日のわたしへ」ぐらいの未来ですが。

よくぞ気づいた!というのは、いかにわたし(あなた)が「自分にはこれが欠けている」と思って気にして(執着して)きたことは周りとの比較や、映画やドラマやソーシャルメディアで見てきたものを「これが幸せというものか」と思い込んできただけだ、ということです。ほんとに少しだろうけど、「マイノリティー」と言われる方たちが感じてきたことが分かったような気もしましたね。あなたの幸せはあなたが一番分かっているはず。

外に答えを求めがちだったことに気付いて、自分の声をきくことを少し始められたように思います。オレゴンでたまたま見てもらったサイキックの人にも、他の何かの占いでも「もっと、もっと」と思っていると言われたのが腑にも落ちました。「もっと上を目指す」とか上昇志向的なことではなくて、今の自分は足りていない、と思っていますね、ということだったようです。

パートナー探しを何か自分に欠けていて、達成するべきもののように思っていたし、かといって色々想像しても「めんどくさそうやな…」と思ってたんだから、いなくて当然というか望み通りで。ただ「いた方が良い」と、なぜか比較のbetterで思い込んでいたから、自分の今の状態はworseになるわけで。そこの摩擦がしんどかったんですよね。そこから脱せたのは本当にめでたい。ほんとに「いてもいいし、いなくてもいい」どっちのあなたも何も欠けていない。もし今後パートナーと呼べる人が現れたとしても、そのことは覚えておきたいと思います。

そんなあたらしい気持ちで迎えた2022年は、今まで以上に自由でわくわくしています。わたしはいつもあなたの味方だし、あなたの周りにはたくさんの素晴らしい人たちがあなたの人生に関わり合ってくれています。自分自身とそんな人たちに日々感謝して歩むこと。自分の感情は、少なくとも自分だけにはちゃんと見せること。

House Hunting2021.12.26

最後に住居について。今年はずっと、部屋を借りるかどうするかという波と共にあった気がします。若干視覚聴覚過敏なところがあって、静かに過ごしたい、自分のペースを守りたいというのが主な動機で、いくつか実際に物件を見に行ったりもしたものの、ピンとは来ず。その度に今の住まいにある静けさや良さも見つけたり。でもどこかにある気はするので、気長にいこうというのが今の着地点です。

カードに no とか not the right time とか言われたり、「出る時は自然に後押しがある」というゆきさんの言葉、「出たら戻らない」「(家族と)一緒に居れるときはいておけば」というのも。ただ、家族という結びつきのある人と一緒に住むことから受ける影響、「自分」になれない感じも、ちょっとわかるので、やっぱりいつかは、と思います。家探しを続けた方が良いか、と問うて doesn’t matter という答えが出たのはどういうことか…探そうが探すまいが出てくるということか、と思ったり。ムン。それはそれで、わくわく。

「こう過ごしたい」をイメージしつつ、今の住まいに感謝しつつ。

Minor Adjustment2021.12.14

旅でいろんな人に出会って、自分のことを話す機会があるのも良いことのような気がします。紋切り型に話していることもあるけど、そこで微調整もしている気がします。ESS(英語のレッスン)と翻訳、というのは変わらないけど、自分のスタンス・姿勢を改めて考えたり。

わたしの英語のレッスンはやっぱりESS(えいご・しゃべれ・そう)がちょうど良いようです。自分の中に「話せるようになってほしい!」とか「何かを目指そう!」「頑張りましょう!」という気持ちがなく(笑)、英語のことを知ったり、ちょっと使ってみたり、なんとなく距離を縮めていける、そこに「たいへん」とか「しんどい」とか「やらないと」みたいな苦しい感情は生まないようなレッスンになるのだろうなあと思います。「別にしゃべれなくてもいいじゃん」というのは前から思っていたけど、「喋れるようになる」レッスンではないと言うことを恐れずにいきたいです。「ペラペラになる」レッスンではないけれど、気持ちのハードルを下げたり、自分の「できる」ことを認めたりはできるように。わたし自身が帰国子女でもネイティブでもなく、でもまあコミュニケーションはある程度大丈夫でしょう、という「ある程度の自信」があるので、それが伝えていけたらいいかな。なので「えいご・しゃべれ・そう」なんだと思います。ただ、「英語のレッスン」というと一般的な固定観念があったりするので、その方針(?)は伝えていこうかな、というところ。

翻訳は、基本的に「あなたのために役に立ちたいです」という気持ちのもと。学生時代に米井先生から学んだ(と思っている)通り、翻訳行為は言葉から言葉だけではなく、コンテクスト(中身)を伝えること。柴田さんの言う「ヴォイス」のようなことでしょうか。日本語で日本人が読んだ感覚を、英語で読んだ人にも感じてもらえることが理想。自然とわたしも共感できたり、かっこいいと思ったり、好きだったりするご依頼ばかりなので、ありがたいです。日本語で読んでも響かない人には響かないし、それは英語も同じかな(逆にそういうのが英語の方で万人受けしたら、誤訳なのでは、、!笑)、というのを気休めに、きた球は心を込めて打ってゆきます。

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東京都現代美術館で観た、クリスチャン・マークレー「トランスレーティング」で、ほう、と思った作品たち。

Benefits of Trip2021.12.14

4泊5日、東京&葉山の旅。

気になっていたお店にいろいろ行けたこと、そして素晴らしい方々との再会や新しい出会いが大きな収穫。

I don’t know why but I got better and better towards the end of the trip. Not sure if that’s because Hayama fit better than Tokyo, but it was nice seeing people I know and new people who have kind, mellow and chilled vibes.

ふらりと入る人にも地元の人や常連さんにも居心地よいお店、というのが良いお店だなあとよく感じた旅でした。plus、お店のディテールがかっこよかったりするので惚れ惚れしますね。やっぱりそういう「いいな」と思う空間に触れることは大切な気がしました。簡単に行ったお店リスト:

lou(中野)
Commissary Nihonbashi(日本橋)
Chez RONA(経堂)
FLUMINA(渋谷)
uRn. chAi & TeA(恵比寿)

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商品はもちろん、お店の空間や店員さんの人あたりが本当に良かった uRn.さん。ここがあったら住めるな、とまで思ってしまった。ガラス張りのファサード(にカラフルなお花の絵)、ロフト席もある高い天井。色もポップなんだけど明るすぎない、最高。

葉山ではひたすら心地の良い人たちに会った気がする。生活をして、夕日を見に行ったり、午前中たっぷりぼんやり海辺でピクニックをしたり。もちろん色々どうするか悩むこともありつつも、「違うな」ということはしない、「頑張らないと(稼がないと)」というマインドで心が「うっ」となる仕事を無理してしない、という気持ちを分かち合えたのは元気が出ました。今までの価値観や社会の成り立ちがあるから、考えのクセがあったりもするけどね、と言いながら。そして猫のマティちゃんとちくわの話には癒されたなあ。

後半に向けて体の調子も上がったからか、「ああ、また行きたいなあ」なんて気分になっている。

Spiral Learning Applies to Everything2021.12.03

以前英語は螺旋階段を登るようなSpiral Learningだという話をしました。また同じ間違い…また同じ単語調べてる…これ前も「何て言うんやっけ」って思った…などなど。でも前進していないのではなくて、同じ景色だけどちょっと登ってるんです。これって結局何においてもそうなんでしょうね。得意不得意(?)でそのスピードが違うのかもしれないけど。

個人的には「パートナーがいない」件もその一つです。というか、今日鍼灸院の先生と、結局自分が一番そこに執着というかこだわってる、気にしてる、ということですよね〜って。何回この問答を繰り返したか。ここでも何回書いたか。読ませてしまってすいません。

そして、男性に対する不信が、余計に不信を煽る出来事を呼んだり見たり聞いたりしてしまっているということ。「やっぱりそうなんだろ」と思いたいのかもしれない。そういう目でわたしが見てる。恋愛感情を寄せてこない男性に対しては、そういうのは全くないのですけど。ほんとにいい人ばっかり。(って、そう信じてるからそうなんですよね、、笑える)

いくら周りの人に「いい出会いがある」と言われても疑っていたのは自分だし、親が結婚のことも子どものことも何にも言わない人たちなのに気にしてるのは自分だし。(鍼灸の先生にも「今の時代にそれ(結婚)?」と言われて笑ってしまった)

まあこれもまた、思考にクセがついてるから気づいて変えていきたいです。
たぶん、こういうことがたくさんあるんだな。

長いことパートナーなお二人が結婚23周年で、「お互いが本当に、心の底からやりたいことをし、それを応援する一番の味方になります」という結婚当時の宣誓をシェアしてくださっていて、いいビジョンを与えてもらったなーと思いました。

そして、パートナーなりなんなりがいるいないに関わらず、わたしは何も損なわれないということ(こないだのRoot Readingでこう声をかけてもらってまた泣くなど)。いないことを自分でディスるのはほんとにやめ。やめ。

今日も明日もわたしと何か一緒にと声をかけてくださって、ほんとにありがたいしうれしい。

Pretending It’s Okay2021.11.30

This morning I got a message from one of my students that she wanted to put off today’s class as she didn’t feel good. Of course she can (according to my lesson rules) and I didn’t want her to be sorry so I replied that’s totally fine. But at the same time I was disappointed as I’d been looking forward to it and excited about it, and I’ve been realizing that it’s important to admit that I feel sad or hurt or disappointed and embrace that feeling.

思えば「わたしは平気だ」と思ってきたことがたくさんあります。もちろん、そう思うことで「大丈夫」と思えるから大事なわけですが、その前にいったん「かなし、、」とか「ガッカリ」とか「つら…」みたいな気持ちをちゃんと認めてなかったなーと、やり過ごしてたなーと。

深い悲しみのときはそれがしやすいのですが、なんというか、すぐに立ち直れるちょっとしたことって自分の気持ちを無視してたり意外とするもんですね。

そういう気持ちを味わって、ずっとその中にいたり、何か解決方法を考えることを勧めたいわけではなくて、「あ、わたしちょっと今の悲しかったわー」って「そうやんなー」って言うのってちょっと大事な気が(やっと)最近分かったというか。

上に書いたような、急にレッスンが延期になったり、予定がキャンセルになったりとかもそうだし、前に触れたflirty textとか下ネタとかも(信頼できる人たちの間なら大丈夫だったりもするけど)。ふと思い出したのは、中学校の時にクラスの男子に下ネタ的なのをふられても、わたしはかなり冷静にコメントをして「やだな」っていう気持ちは出さなかった(「きゃー」みたいなそういう反応を期待されてると思ったから)こととか。

気持ちをぐっと抑えて、「わたしはそんなの平気です」みたいなポーズを知らず知らずのうちに、みんなそれぞれの場面でとってきたのかなーなどと思ったりします。

なんかね、それがわたしのパートナー不在問題にもつながっているなと思うので、またそれは次に。

小学校の時に「ニコニコマン」と呼んでくれた男の子がいたことも思い出して、それは何だかとても尊いし、よかったなーと思うし、今のわたしもそう思ってくれてる人が多くて、うれしい。と、同時に、何か瞬間で感じた悲しい方の気持ちをなかったことにしないようにしたいなと思います。That doesn’t make me a sad person. ね。

で、今日のレッスンはなくなったわけですが、レッスン前に行こう〜とお昼予約してたので行ってきます(笑)一瞬「えーん」って思ったけど、今若干 in my healing process なので、まるっと一日いただいたと思って。